『詩』フィッシュリラ<魚の竪琴>
Fishlyreを知ってるかい? と
隣に腰をおろして男が言う
それはビール? と
男の手にしたグラスに目をやって問い返すと
細いグラスの泡立つ琥珀色をグッと呷り
シャンディガフさ、と
顔を顰めて男は答える
そんなことよりFishlyreさ
フィッシュ・・・さかなの・・・?
そうじゃない、リラ、竪琴さ
竪琴? というと、楽器?
楽器でない竪琴があるかね?
馬鹿にしたようにせせら笑って
サカナの形をした竪琴だ、見たことあるかい?
僕は首を左右に振って
苦味の強いクラフトビールを口に含む
それあいけない、ぜひ聴いてみなくては
聴くの? 見るの?
どっちもさ
あれは海の音色がするんだ、夜の海のね
竪琴は・・・と
乏しい記憶を僕はむりやり捻り出す
ヘルメスが亀の甲羅で作ったとか・・・
よく知ってるじゃないか
でもサカナの形って?
サカナを半円形に図案化して
腹から頭へ弦を張ってあるんだ
もう一度、僕は首を横に振る
どこへ行くと聴けるんだい?
今度は男が首を振って
近頃じゃあ、聴けなくなっちまったな
そしてグラスの残りを一気に呷る
昔はどこでも聴くことができた
酒場、ライブハウス、野外音楽堂、
そうそう、どこかダウンタウンの角っこでもね
帽子に穴あきのデニムを着た髭面の男が
石段に腰を下ろし、俯いて
そいつを抱え込むように
黙って静かに弾いていたもんだ
それはたぶん
僕の知らない街の話
ではだめだね
薄く笑って僕は言う
ああ、だめだ
それをなぜ僕に?
あんたが懐かしいような眼をしていたからさ
懐かしいような眼・・・?
知ってるんじゃないかっておもったんだ
男の顔を、僕はまじまじ見つめる
あんたのことさえ僕は知らない
まして行ったことのない街のことなど
男は立ち上がり、胸のポケットから
波の模様の金貨のようなものを取り出してそこに置く
そして、黙って背を向けた男に
驚いて声をかけようとすると、足もとで
限りなく黒に近い紺色の
深い波がうねっている
古い高椅子に腰掛けたまま
僕は潮騒のただ中に取り残される
Fishlyreを
あんたは聴いたことがあるかい?
あれは海の音色がするのさ⎯⎯
水平線に灯台がともる
こちらのページからインスピレーションを受けて作ってみました。
fishlyre(フィッシュリラ)という竪琴は僕の想像です。
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