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自由詩のマガジン

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自作の、行替えされた普通の体裁の詩です。癒しが欲しいときなどぜひ。
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#クロサキナオの共同運営マガジン

『詩』ホトケノザ

本来春先に咲く花だ でも狂い咲きというのではない その花は わざわざこの時期を選んで咲いたのだ こんな小さな台座の上に 仏様は 座ることもあるのだろうか その代わりに 開いた薄紅の花たちは それぞれ飛天でもあるのだろうか 気温が急にぐっと下がって 霜の降りた 冷たい天気の良い朝だ 小さな蓮華座に 霜の灯りをいっぱいに灯し その上に飛天が立ち上がる 薄紅の衣を纏い 精一杯に 今しも舞いあがろうとするかのように でも冬は花たちに容赦ない 芒が枯れ 稲の株にもびっしりと 霜が白

『詩』雪の面(も)に本が咲いている

雪の面に風に揺れて 本が一冊咲いている その開いた頁を読むために 空から借りた 膝丈の長いブーツを僕は履く 脛まで届く鋼色の 長いコートの襟を立てて 行手を遮るものは何もない 揺れている 開いた頁そのものが目印だ 日差しがあまりに黄色いので いつかの日 海から貰ったサングラスを 掛けると世界が緑に変わり 慌てふためいて 手にしたストックを僕は取り落とす 風が吹いて 降り積もった 雪が緑に舞い上がる すべてはどう見るかで変わるのだ 半ば 雪にブーツを取られながら コートを

『詩』ローラーコースターが遊星を巡る

ローラーコースターが遊星を巡る いつかの日 人魚からもらったチケットを握りしめて カストルと ポルックスの間のコースター乗り場から 少年は楽しみにしていたそれに乗り込む ただほんの少し不安げに 怖がることはないさ、と 係員が言うけれど 彼はミノタウロスなので信用できない 世界が、と口にするときその定義は あんまり曖昧にすぎるので 宇宙のほうが 子どもたちにはずっと近くおもえるのだ あんな星々のあいだにある 小さな乗り場から ローラーコースターが発車するのは 子どもたちに 未

『詩』ポインセチア

ポインセチアを買いました 真っ赤なイタリアンレッドと 真っ白な アラスカピュアホワイトを一鉢ずつ 私の部屋に クリスマスツリーはありません 街にはクリスマスソングが流れ 玩具屋や 宝飾店やレストランや 広場の大きなツリーの陰や あるいは子ども食堂の厨房でさえ 小さな白い 羽を持った 天使たちが おもちゃの列車を走らせたり ダイヤモンドに 縁取られた腕時計の針を進めたり 作りかけの ケーキのクリームをちょっと舐めたり そんないたずらをして遊んでいます いたずらな そんな天使たち

『詩』林のなかをシュプールが伸びている

林のなかをシュプールが伸びている 枝枝を絡ませた木々のあいだを 青灰色の レールとなって雪の面を シュプールが 誘うように伸びている 枝のなかに こんな雪の朝でも鳥がいて 時折雪のかたまりがどさりと落ちる その鳴き声と羽音とともに 青灰色の そのシュプールを追うように 僕はスキー板を滑らせてゆく 森の奥に 昨日見かけた娘かしら? そんなはずはない 昨日午後から 夜明け前まで雪が降って 森に入ることなどできなかった けれどシュプールは新雪の上に 軽やかに 躊躇う様子もなく伸び

『詩』書棚を整理していると

書棚を整理していると 部屋のそこかしこに歪みができる 時間とか 空間とか 失った一冊の書物を探しに 歪みのなかへ 私は足を踏み入れる いくつもの記憶が交錯して 私は見知らぬ街の真ん中で迷子になる 月が煌々と照っている 足元で 影が不自然に蠢いている 私の動きとは無関係に サンタ・マリア・デル・フィオーレを 透かしてブリガンティン型帆船が見えている あたかも鏡のようにさかしまに 対に映るのは あれはたぶん ピレネーのアネト山ではないだろうか 失った書物のなかに二千年があり

『詩』さかなが走る

さかなが走る 大通りの 三車線のまんなかを 銀鼠色の あたかもスポーツカー然として 流線型のさかなが走る 音楽と 何かのパレードと とりどりの 中空から降り注ぐ紙吹雪と 昼間は無意味なイルミネーションに 締め付けられた街路樹の列と マフラーが似合うクリスマスツリーと そんなもののなかをさかなが走る 十二月は華やかで 忙しくて どこもかしこも賑やかで それでもさかなはビルの谷間の ちょっと忘れ去られたような 薄暗い 街の裏側もちゃんと見ている ただかなり歪んではいるけれど

『詩』椿

椿が花をつけ始めた もうずっと昔に お父さまが植え付けた椿だ 以前は庭師なども入ってもらって 綺麗に剪定してもらってたけれど いつの間にか それもされなくなってしまった 花が咲くと そのあたりがぽっと明るくて 冬でも暖かな気分があったと言うけれど わたしが物心つくころには 荒れ果てた 大きな木にもうすっかりなっていて 夏でも暗い影を作って 傍に寄るのも わたしは怖くて嫌だった そんな椿が花をつけ始めた 厳寒の冬には 花が少なくなるというのに 秋ごろから みっしりと花芽をつけ

『詩』北から雪の便りが届き

北から雪の便りが届き 西から喪中葉書が来て冬が始まった 僕は庭に出て空を見上げていた 飛行機雲がたくさん交差して 三角形に切り取られた青があった まるでステージのように 幼いわらべうたを 誰かがそこで歌っていて 北風が強く吹くのはそのせいだと この冬僕は初めて気づいた どこからか紅葉が落ちて散り敷くので 庭の紅葉は赤くならずに枯れてしまった 鹿だかきょんだかが鳴いてあの山の 御伽噺たちが嫌がるので 紅葉はこちらに降ってくるのだ まるで河童の手のようなそれを 降り立つ前に 僕

『詩』子どもたちが階段を下りてゆく

階段を降りてゆく 子どもたちが 長い長い階段を下りてゆく 艶消しの ステンレスの空が広がり ひとすじの 長い階段がそこにあって 見えるものと言えばそれがすべてだ そんな 不思議に明るい空のあいだを 男の子も女の子も一列になって 階段を リズムを取りながら下りてゆく そうして子どもたちはみんな とても愉快そうだ 自分たちが あたかも歌にでもなったように 腕を振り 元気に階段を下りてゆく 下りてゆく子どもたちの周りには 光がいっぱいに溢れていて というよりも ステンレスの空のせ

『詩』アキノノゲシ

少年がずんずん歩いてゆく ずんずん歩いてゆく少年がいる まるで自分が境界だと 微かに黄色い それは花を揺らしている 少年がゆく 刈田の角ごとにあるいはまた 四つ足で踏ん張る鉄塔の コンクリートの 敷地の脇のあたりなどに またあった、と そのたびごとに少年はつぶやく その花が まるで目印のようにも見えて あたかも距離を測るように 少年は 三つ、四つと数えながらゆく こんな刈田の広々とした 何もない 広々とした景色のなかを少年はゆく 片手で薄の穂を振りながら 少年はずんずん歩い

『詩』石垣を造る

まるで職人のように男は石を積み上げる 誰に教わった覚えもなく なぜそれをしているのかすらわからない ただ黙々と 何人かの男たちとともに 粛々と 彼らは石を積んでゆく 大きな石を重ねると ちょっと上に積んだ石を押してみて 隙間に小さな石を詰める そんなやり方を なぜだか男は知っている 男たちは おそらく石垣を造っているのだ そこは山のなかでもなく 遠くに海が見えるでもなく あたかもコンピュータのなかの 何もない まっさらながらんとした空間だ そんな 人が暮らした痕跡もない 命

『詩』冬の朝露は国語なのよ、と君が言う

朝露がいっぱいに降りている   ⎯⎯ 夏の朝露は数学だけど、   冬の朝露は国語なのよ 庭を散策しながら君が言う ⎯⎯ ではガーデニングは哲学かな? 笑いながら僕が言うと ⎯⎯ 哲学なんかじゃないわ 近くの草花に手を延べながら いつになく真顔で君が答える まだ残っている草花も 冬が来て ほとんど茎だけになって揺れている 僕らは見たことがなかったろうか、おざなりに 朝露が枯れた葉の上で揺れている つまらないこんな抽象画を 綺麗に刈り取られたあとに広がる 黒々とした土壌の上で 

『詩』落書きしたいような青空

落書きしたいような青空だ 洗濯物を取り込もうとして ふと見ると 昨夜の夢の欠片がシーツの上で 荷待ちをする船のように揺らいでいる 亡くなった詩人におもいを馳せつつ まだ冬になりきれない風を 僕はしばし受け止める 日が昇り 珈琲を飲み 大学に近い公園で 哲学に近い言葉を拾う たった一行 それで一日が終わってゆく そんな仕事を卑下しながら それでも詩人は詩人になった 僕たちの 思想はまだ全く生まれてなくて 何かを掴むには幼過ぎた 人はいつ詩人になるのだろう 当たり前の ごく普