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自由詩のマガジン

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自作の、行替えされた普通の体裁の詩です。癒しが欲しいときなどぜひ。
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2024年7月の記事一覧

『詩』日照雨(そばえ)⎯プラタナスの上を楽隊が通る⎯

日照雨があって プラタナスの並木の上を楽隊が通る 少し離れた芝生の上の アカシアのベンチは濡れそぼって ロココ調の、古い蔦模様の手すりから 芝生に雫が滴り落ちる 座面と背もたれをていねいに拭いて 無理にも腰を下ろすと プラタナスの並木はまっすぐ視界のなか 僕とプラタナスのあいだに 雨に濡れて鮮やかな緑の芝生と風があり 都会の喧騒があり 雨が上がるのを待ちかねたように 子どもの手を引いた母親が通る 足の短いコーギーを追って 帽子を押さえながら男性が走る すれ違いざま振り返

『詩』フィッシュリラ<魚の竪琴>

Fishlyreを知ってるかい? と 隣に腰をおろして男が言う それはビール? と 男の手にしたグラスに目をやって問い返すと 細いグラスの泡立つ琥珀色をグッと呷り シャンディガフさ、と 顔を顰めて男は答える そんなことよりFishlyreさ フィッシュ・・・さかなの・・・? そうじゃない、リラ、竪琴さ 竪琴? というと、楽器? 楽器でない竪琴があるかね? 馬鹿にしたようにせせら笑って サカナの形をした竪琴だ、見たことあるかい? 僕は首を左右に振って 苦味の強いクラフトビ

『詩』いつも僕の心の中には

いつも僕の心の中には 潮騒が 繰り返し鳴り響いている 鉄道線路は 小さな埠頭の先まで伸びていて フジツボがびっしり付いたコンクリートの足場を 海水が 止むことなく舐め続けている 大きな赤いクレーンが 埠頭の先で 所在なげに長い首を伸ばして佇んでいる 家並のうしろ  空へと届きそうな石段を上がり 一際高い 古い神社の開けた境内に立つと 僕らは遠く望むことができる 湾の向こう 東から細く伸びている 半島が途切れる先の外海まで 半島の先を廻るように 甲板の広い平らな船が ゆっ

『詩』遥かに教会の尖塔を仰ぎながら

遥かに教会の尖塔を仰ぎながら 僕はステアリングを握っている 初秋の風が運んでくるのは 木々の匂いと 微かにクレープの焼ける匂い 後部座席には君のヴィオラ 助手席に オレンジ色の薔薇の花束 通りの奥の公園の入り口で  若いスーツ姿のジャグラーがクラシッククラブを投げ上げると クラブはカラフルな小鳥となって 空の高みへと飛び去ってしまう マジックとおもっている見物客は 若いジャグラーに喝采を送る 呆気に取られている男を尻目に 僕はアクセルを踏み込んでゆく この美しい時間!

『詩』あたりまえのこと

雨上がりの林を歩いていると 雫が緑色に光っている 雫の一滴一滴に 過ぎてきたことが映っていて ときおり足を止めて 緑の葉の一枚に手を触れると 雫が落ちて 記憶がふっと蘇る その施設では 目が合うとお婆さんが きまって僕の手を取りに来てくれた 寄り添うようにして歩きながら お婆さんは 遠く離れた街から息子夫婦が 今度会いに来てくれるんだよ、と いつも嬉しそうに話してくれた あの子は英語が喋れてね 今はよその国に行ってるんだよ 今度帰ってくるんだって でも僕は息子夫婦に 一度も

『詩』ペットショップボーイズが聴きたいとAIが言う

ペットショップボーイズが聴きたいとAIが言う 別にいちいち断らなくてもとおもうけれど 彼は律儀だ タブレットに向かって頷くと たちまち僕は黄色いカブリオレのなか 「シルバーのダイヤルなんて、随分アナクロじゃないか」 しかもラジオとは! 選曲は彼まかせ ダイヤルをひねると 「Suburbia」が大音量で走り出す 驚いたピーターラビットの絵本が二冊 頭上でバタバタと羽ばたいているので 手を差し伸べてやると 重なり合って助手席に落ちる さてこれからどこへゆく? フラフープのよ

『詩』夕立が近づいている

庭先にタープテントを持ち出し テントの下で ボードレールなど開いていると おりからの風で 言葉が本のページを飛び出して 鉄塔の高い先端に 鶺鴒の尾羽に打たれてダンスのように絡みつく 鉄塔の向こうに青空が澄み渡っている 仕方がないので 雪舟の枯淡な印刷画を持ち出して 閉じたボードレールの横に飾ろうとすると 椅子の手すりの上で 青蛙が そいつは似合わない、と しわがれ声で見咎めたように言う 遠くで列車の音が 途切れることなく響いている ちょっと青蛙に視線を送り あきらめて

『詩』世界は何人、神を抱えているのだろう?

一週間分の 悲しみや怒りや嘆き、 嘲笑い、叫び、涙、ため息そして あなたが送って寄越した絶望などをゴミ袋にぎっしり詰め込んで 指定の場所に出して戻ってくると 頭上の五線紙の上で鵯が 逆さ四分音符の形で啼いている スマホには 大統領のすりおろしりんごや 独裁者の赤いボルシチや もっと赤い国のフカヒレスープや 総理大臣の岩牡蠣などが 消し忘れた煙草の臭いや 捨て置かれたビールの空き缶などと一緒に たくさんの<言葉>に包まれて残っているので カメラを向けると 嫌うように 音符は飛

『詩』潮騒がこだまする神社の境内で

潮騒がこだまする神社の境内で みなでめんこをやっていると 波音が ムクドリのような小鳥になって 一斉に空へと飛び立ってゆく 誰かが丸いめんこを打ち付けると その拍子に 世界がくるりと反転をする 「火の用心 火の用心」 マフラーに手袋 白い息を吐いて 拍子木を打ちながら 並んで林の中を進んでゆくと 懐中電灯に照らされて 絵日記の 空白のページがひるがえる その先は墓地 恐る恐る ふざけて入ってゆこうとすると 入り口で 音をたてて塔婆が傾き 苔むした 古い地蔵さまが 錫杖を揺

『詩』まだ何も知らなかったあの頃

まだ何も知らなかったあの頃 古い三八銃を杖代わりに 酒と 饐えた汚物の臭いが充満する暗い裏通りを 僕はひとりで歩いていた まだ起きていないことは まだ起きていないことで もちろん誰にも知る術がなかった 終わりかけた 誰かの鼓動を数えているかのように 赤く 酒場のネオンが点滅している 路地を抜けて向こうに出られれば 真っ黒な タールのような海が 身悶えする怪しい生き物のようにうねっていて その代わり 辿り着ければ希望があるとおもったけれど ネオンの下に置かれた塵ばけつの 僅か

『詩』子どもたちはいつ大人になるのだろう

格子窓の開かれた 高台の 古びた木造の教室で 子どもたちが 勢いよく 一斉に手を挙げるように ステンレスの落葉松が どこまでも 似たような姿で枝を広げて並んでいる まるで 青空を 神輿のように担ぐ様子で 日差しが落葉松に反射して 林は奥までずっと明るい 梢を風が吹きすぎると 童謡の 小学唱歌の あるいはサルサの 黄緑の 露草色の 紅赤の 言葉がばらばら降ってくるので 傘を逆さまに開いたり エプロンを胸の前に広げたりして 子どもたちは 駆け回るのに忙しい やがて 揃って教

『詩』雨が降っている

雨が降っている トップライト(天窓)のガラスから 踏切の 赤い明滅が入り込む キーボードを打つ手を止めて 見上げる僕を 可笑しそうに君が見ている 「珍しいことでもなんでもないわ」 「ここは24階だからね」 僕はレポートに目を戻す <銃弾と 人間愛の相関について> 君は僕の背中から手を伸ばし deleteを押して 呆気に取られている僕の肩越しに 人差し指一本で打ってゆく <ココアパウダーで化粧をする エイレーネーの眸の輝きについて> 平和の神エイレーネーは このところ

『詩』この世は不条理に満ちている

公園に近い 古い図書館の喫茶室で 甘すぎるカフェラテを口に含みながら カフカの不条理な小説を読んでいると 不意に一羽のルリカケスが 開いた本のページに来てとまる 顔を上げると 向こうの大きなテーブルでは 少女が背中を向けて座ったまま 天文台のドームのような 深い 真っ赤な傘をさしている 傘の中だけ雨が静かに降りしきっている 驚いて立ち上がろうとする僕を タクトで押し留めようとするカラヤンがいて 僕は問われもしないのに 大好きな ベルリオーズの幻想交響曲が聴きたいとカラヤン

『詩』シーサイドホテルの青いテラスで

シーサイドホテルの青いテラスで 夕日のようなカシスオレンジに手もつけず 僕は手紙を書いている 午前の 明るい日差しに 海面は小人の群れのように白くかがやき 二人乗りの水上バイクが 小人の群れに割って入る おまえがどこにいるのか誰も知らない インクが朝焼けの色なので たぶん カシスオレンジをこぼすと読めなくなってしまう それで 気恥ずかしさが残っているうちに 僕はわざとのようにグラスを倒す テーブルに広がる水たまりは世界地図だ 色が濃いところは戦争のしるし 僕はスタッフに声