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2月の本 『庄野潤三の本 山の上の家』

この本で庄野潤三ワールドに出会ってしまった。

きっかけは『富士日記を読む』のホンマタカシさんの書評。富士日記が好きならきっと庄野潤三も好きだとおすすめされた。というのを読んで、きっと自分も好きだろうなーと思っていた。まずはどの本がいいかな?と図書館で物色してみる。

以前blackbird booksさんで夏葉社フェアをされていてその時から気になっていた「庄野潤三の本 山の上の家」があったので借りた。一緒に庄野夫人の「誕生日のアップルパイ」も借りた。

(余談。このフェアの時にblackbird books店主と夏葉社の代表の往復書簡が欲しくて夏葉社の本を買おう買おうと思っているうちにフェアが終わってしまっていた。残念。)

この本には庄野潤三の5つの随筆と、ご家族のエッセイ、書評などが書かれている。今までにわたしは庄野潤三の随筆、小説ともに読んだことがなかった。なんとなく少し昔の小説家は小難しい人、わかりにくい文章というイメージがあって庄野さんも同様で近寄りがたかった。

でも実際読んでみて、わかりやすく、読みやすく今にも通じるし、この先も通じる愛おしさがあり拍子抜けしてずっこけた。

さらにご家族の話として規則正しい生活をされていたということが書かれていて、勤め人でない人が日課をきちんと持っていて、きちんとこなしている人に、個人的にとてもとても好感を持っていて尊敬しているので、ここですでにもう撃ち抜かれてしまった。大拍手。

ご家族が語る庄野潤三がとてもよくて、いいお父さんだったのが伝わってきた。家族みんなが相思相愛。いいなぁとほっこり。

古い時代の父親像って仕事仕事仕事!子育て家事は母親。
(向田邦子さんのお父さんのイメージ?サザエさんの波平?)
そこに『はて?(寅子オマージュ)』すらなく、そうするのが当たり前、威張り散らかすみたいな。見ていてつらい方の家父長制。自分が子供だった頃我が家もこういう家だったと思う。

でも庄野家は父を中心としてるのは同じなのだけど、父と家族の矢印がお互いを向き合っていて両思いという、憧れてしまう方の家父長制。(そういえば朝ドラの虎に翼の寅子の家もこちらだなとおもったり)

思春期真っ只中の子供と更年期真っ只中の親の我が家。お互い気持ちがすれ違いギスギスしてしまうことが多いので(主に父と子)家族が仲良くしているのはやっぱり憧れる(父子の関係は難しいですな)

印象に残っているのは随筆『我が文学の課題』。

生きているということは、やっぱり懐かしいことだなと感動を与える。そのような小説を、僕は書きたい。
(中略)
そして印象の強烈な作品は作者自身が実人生において強烈な生き方をすることより以外生まれて来ないということを意識するのだ。強烈な生き方とは何か、何が僕をして強烈な生き方をさせないで縛っているか、それを追求してゆくことが、僕の当面している大きな壁だ。

庄野潤三の本 山の上の家 51p

『懐かしい』は昔は良かったねーっていうふうな意味もあるけど、心が惹かれる、かわいい、いとおしいのような意味もあるのでそちらだろうか。

そういう小説を書くために考えていたこと、自分がやるべきことが書かれていた。眩しいくらい真っ直ぐ。やっぱりチグハグじゃダメなんだよなと思った。外の皮と身がしっかり繋がっていないと。

誰かと比べたり何かあればすぐ自分の外に目が行きがちだけど、しっかり自分と向き合うことでしか目指す自分は作っていけないのだなと改めて思った。それは人を見る時も一緒。その人をみる。比べない。

読んでいない庄野潤三作品がたくさんあるのが楽しみでならない。きっとわたしは生きてることが懐かしいと感動すると思う。



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