『哀れなるものたち』今年最高のSF奇天烈ファンタジー成長譚
『Poor Things』(2023)★★★★。
公開日:2023年12月8日(北米)
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物心ついて、性の歓びを知り、やがて知の喜びをも求めて旅するベラ・バクスター(エマ・ストーン)の奇妙奇天烈な世界旅行。大人の身体の中に幼児並みの知性しか持たない女性が急速に成長し、外遊を決め込み、人生経験を積んでいく過程を追う。
親と思しきは顔も体も手術痕だらけのドクター、ゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)。彼への尊敬のあまり助手となったマックス・マッキャンドルズ(ラミー・ユセフ)にも別れを告げ、ベラはロンドンの研究室というか死体解剖室兼・実家を飛び出す。女たらしのダンカン・ウェダーバーン(マーク・ラファロ)の下品な誘いに乗り、リスボンへの旅にホイホイついていくのだった。
そんなベラの出自は、見ていれば自ずと明らかになる。その実情は作中の不可思議な世界観と相俟って、変、というか奇っ怪。だが、ゴッドウィンの研究結果と思しきペットたちの姿を見せられると納得がいく。以後、ベラは血と、肉と、性に向き合い、生々しい世の中のいろはを学ぶ。その顛末は驚きと笑いの連続だ。
とにかく、すべて振り切っている。
セックスへの目覚めも、知を求めて繰り広げるおかしな会話も、そして世界観そのものも。
ルネッサンス調のまま進化したような架空の世界を形作る美術は、どの都市にも建物にも独特なディテールを与える。極端に肩を膨らませたファッションを筆頭に、一風変わった衣装の数々もキャラクターに合う。ベラが着ているコスチュームは彼女の精神と肉体のアンバランスさにぴったり。撮影では、色に満ち満ちた海原や夜空が美しく照らされる。絵作りだけでご飯数杯、いけそうだ。
そして際立つのは、強烈なキャスト。彼らの滑稽で、必死で、息の合った奇妙なパフォーマンスには、とにかく心を動かされる。
何よりエマ・ストーン。文字どおり、身体を張る。ベラの頭の中の数十年分の精神的成長を、身ひとつで見事にあらわす表現力が肝。近年はマーベル作品で気楽な役柄ばかり目立ったマーク・ラファロも、嫉妬深い見栄っ張り役を怪演する。どのシーンにも間の抜けたユーモアが仕込まれていて、笑わない登場シーンはないくらいだ。そのほか、醜い手術顔の下に潜むウィレム・デフォーの温かい人柄にも好感を持ってしまうし、普段はコメディアンのジェロッド・カーマイケルも、ベラの知識欲を刺激するマダム役のハンナ・シグラも、キャスティングだけでいかがわしさが滲み出る。売春宿の主人役のキャサリン・ハンターは声からして敵か味方かわからず、得体が知れない。助演陣に至る隅々まで、飽きない粒立ち加減だ。
映画そのものが、ベラの性に解放されていく展開ともども、快感。
ベラの一挙手一投足に驚き、その発言のおかしさに笑わせられて、成長を待ち望む。『籠の中の乙女』『ロブスター』『聖なる鹿殺し』『女王陛下のお気に入り』と、ヨルゴス・ランティモスの作品歴には階級社会に野生味を抉り出す奇妙さが常に付きまとうが、これは中でも際立った怪作。いや、傑作だ。
アラスター・グレイ著の同名原作を拝読してはいないのだけれど、監督の常連ライター、トニー・マクナマラも変わった題材をとびきり滑稽に描いたものだ。
今年最高の一本かもしれない。少なくとも、エマ・ストーンが二度目のオスカーをもぎ取っていっても不思議はない。
(鑑賞日:2023年12月16日 @Regal Spectrum Irvine)