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ゲーテはすべてを言った
〜Love does not confuse everything ,but mixes.
愛はすべてを混淆(コンコウ)せず、渾然(コンゼン)となす
レストランで偶然に選んだティーバッグのタグに刻まれた文字。高名なゲーテ学者の博把統一(ヒロバトウイチ)は、一家団欒のディナーで彼の知らないゲーテの名言に出会い、出典元の書籍を探し始める。果たしてこれは本当にゲーテの言った言葉なのか。
こういう小説を『アカデミックロマンス』というらしい。今回の芥川賞審査員でもあった作家、吉田修一氏の選評の言葉が素敵すぎてこの作品を読まずにいられなくなる。
「小説から書物の匂いがした。久しく嗅ぐことのない匂いだった。」
その選評どおり、『ゲーテはすべてを言った』の中にはゲーテはもとより、聖書、カミュ、ドストエフスキーの著名本からコミック漫画『マカロニほうれん荘』や手塚治虫作品まで数多くの書物が登場する。
23歳という著者の年齢で、なんという知識量だろうか。難しい哲学的引用に怯みがちになるも、それ以上に知らなかった世界へグイグイと惹き込まれるようで最後まで澱みなく読まされる。
『あらゆることが既に考えられ、言われている。われわれはせいぜいそれを別の形式や表現で繰り返すことができるだけだ。(ゲーテ)
これは歴史から芸術、学問、哲学、宗教などほとんど全ての分野において当てはまる言葉かもしれない。
ゲーテの著書『ファウスト』はファウスト博士が世間に不満を持ち絶望していたところ、悪魔が現れ、欲しいものを与えてやるかわりに死後の魂を悪魔に渡すという契約を交わすというもの。ファウスト自体は読んだことがないのだけれど、なにかの童話か小説で知っている内容だと思った。もしかしたらそれらはファウストを元に作られたものだったのだろうか。既に考えられたものを別の形式や表現で繰り返すという先ほどのゲーテの言葉が頭に浮かぶ。
ゲーテが言うところの「非常に真面目な冗談」で書かれた『ファウスト』を今度じっくり読んでみたい。
『人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇となる』
これはチャップリンの言葉だが、まさにそういう物語のようだ。
また、中島らも氏の『永遠も半ばに過ぎて』からの引用が、ビートルズファンの私には興味深かった。
「先生の嫌いな英語で言えば、レット・イット・ビーですな」
「それは聖書の言葉かね?」
「よく知りません」
中島らも氏といえば『ガダラの豚』を2年越しの積読にしているけれど、きっと面白いに違いないとさらに確信する。
さて、冒頭のゲーテの言葉は本当にゲーテの言葉だったのだろうか。
なんだかこれ一冊で幾多の書物を読んだかのような充足感に浸ってしまえる。
最後に、著者と同じ23歳で芥川賞を受賞された大江健三郎氏引用の名言を。
「すべてよし!」
出典 : 『洪水はわが魂に及び』
(余談)スピッツの『ロビンソン』がゲーテの『ファウスト』と構成が似ているという記事を読んで、そうなのかな?と。ますます『ファウスト』が気になります📗