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正解のない居場所〜江國香織の世界
「答えというものはない、ということを私は書きたいんです。
正解がないということって大事なことだと思うんですね。生きる上でも本を読む上でも」
〜江國香織インタビュー記事抜粋
先日、古い雑誌をめくっていたら、その静謐な文章に魅了され敬愛してやまない江國香織さんのインタビュー記事が目にとまった。ふわふわと波うつ長い髪、シンプルなモノトーンワンピースに白いスニーカーを合わせ、静かに微笑む憧れの人。
何も考えたくないとき。何も求めていないとき。私は江國作品を開く。小説にしてもエッセイにしても、彼女の文章はカンフル剤のように私の消耗した日の心によく効くのだ。
豊かな言葉選びが柔らかく心を撫でる。恋愛小説を読んでいても、誰に共感するわけでもなく、誰に反感を持つわけでもなく、どこまでもフラットな気持ちのままでいられる。
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夫がテレビを、私が夫の頭を。
夫が現在を、私が未来を。
私には、そのくらいがちょうどいい。
『いくつもの週末』
なんということもない、2人で過ごすいくつもの週末。
気負いもなく孤独でもなく、ただ穏やかな時間が2人の間を流れている。
価値観が違うとか、一緒にいてつまらないとか、世間一般の理想の恋人、夫婦の在り方を正解のように思ってしまうと、途端に愛は苦しくなる。
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私はたちまち少女にもどる
だれのものでもなかったあたし
どっちみち百年たてば誰もいない
あたしも あなたも あのひとも
『すみれの花の砂糖づけ』
ピュアな少女のようでもあり、ひどく冷静な眼差しをした大人の女のようでもある。自分で作ったすみれの花の砂糖漬けは、口に入れると最初は甘く、やがて僅かな苦味を残しながら溶けていった...
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雪のように、記憶のように。
『ちょうちんそで』
『架空の妹』と会話し、昔の記憶で日常を満たす雛子。彼女は、誰かに現実を突きつけられれば、自分の心が損なわれてしまうことを知っている。
この物語においても誰が正しいとか間違っているとか、その正解は見えてこない。きっと誰もが消すことのできない昔の記憶(それが良いものであれそうでないものであれ)をかかえて生きているからかもしれない。
江國香織という作家の描く世界が正解のない居場所だからこそ、読者は無防備になれる。不思議な心地よさを感じる言葉の中に漂いながら、ともすると他人軸の思考に疲弊してしまいがちな心が修復されていく。
最後に江國香織さんの講演会での言葉を添えて。
〜本は読まなくても持っているだけでもいいんです。背表紙を見るだけでもその本の5%くらいは染みこんでくる。
本がある人生と無い人生は全然違います。
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