生々しい迫真の名演! なのにどこか物足りなさが…… カーチュン・ウォン/日本フィルのショスタコーヴィチ第5番
外山雄三:交響詩《まつら》
伊福部昭:オーケストラとマリンバのための《ラウダ・コンチェルタータ》
【ソリストのアンコール】
《星に願いを》
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 op.47
指揮:カーチュン・ウォン[首席指揮者]
マリンバ:池上英樹
感想1
不思議な演奏会だった。
生々しい迫真のオーケストラの響き。なりふり構わないカーチュンのいつもの指揮姿。
この人はカルロス・クライバーに似て、ライブでこそ真価がわかる人だ。
言い方を換えれば、真っ先にライブで聴くべき指揮者。
カーチュンがショスタコーヴィチを振ればきっとこうなる、という凄絶な演奏だった。
いったい何が私は不満なのか。
しかし、お客の反応も微妙だった。凄まじい演奏のわりに通常の熱量の拍手。ブラヴォーも飛ばなかった。
何かショスタコーヴィチらしくないと感じてしまったのだ。
あと、アナログというか、昔風な印象がした。
ノット/東響の第4番はもっと洗練されていた。
しかし、アナログでもいいのだ。詫び状を直筆で認めるような人間味がカーチュンの持ち味ではないか。
これほど「人間的な」ショスタコーヴィチはめったにあるまい。
だが、古典四重奏団の弦楽四重奏曲のときに感じた「もし作曲家が聴いてたら快哉を叫ぶだろうな」という気持ちは湧かなかった。
私自身の感性の問題もある。
以前は朝、事業所に出かける前にNHKBSの「キャッチ 世界のトップニュース」で国際ニュースを見るのが通例だった。
しかし放送時間が変わり、国際情勢に触れる機会は減ってしまった。
おまけに最近テレビを見なくなってしまったので(テレビは好きだが、他にやりたいことがたくさんある。日曜だけは将棋や囲碁などいろいろ見る)、ますます国際ニュースに疎くなってしまった。Xで情報に接するくらいだ。
ウクライナもガザ地区も私の日常からは遠くなり、快適な室温の赤坂のコンサートホールで聴くショスタコーヴィチに深い共感を覚えなかったとすれば、それは私自身の問題なのかもしれない。
しかしカーチュンの音楽のもつ生々しさが、ある種テレビドラマにおける舞台俳優の演技の過剰さを感じさせたのも事実(藤原竜也や平幹二朗の芝居を想像してほしい)。
ノットのように洗練されたショスタコーヴィチが現代風なのかもしれない。
カーチュンは携帯のない時代の演奏に感じた。例のバーンスタイン/ニューヨーク・フィルの来日公演ライブもこんな感じだったろうか。
池上英樹は求道者の雰囲気を全身から醸し出していた。
長髪を束ねた風貌はさながら自由人。「現在は山梨・河口湖町に移住」というプロフィールも、俗世間から離れて己の道を邁進してる感満々だ。
伊福部の特徴であるオスティナート(フレーズの繰り返し)はまるでミニマル・ミュージックのようで、途中で眠気を誘われた。
カーチュンの現代音楽もいつか聴いてみたい。ライヒとか合うのではないか。
あ、「ボレロ」も面白く聴かせてくれそう。
伊福部でマリンバのダイナミズムを存分に感じさせてくれた池上さんのアンコールは、打って変わって綿を撫でているかのような「星に願いを」。
プログラムにはあまり馴染まない感じだが、マリンバの多様性を感じさせてくれた。
マリンバを生で聴いたのは初めて。オペラシティの「B→C」で若手奏者がやってくれたら絶対行きたい。
外山雄三の「まつら」は、佐賀県唐津市の古称である「松浦(まつら)」の音楽を表現しているらしい。
日本の情緒やのどかな田舎の風景がオーケストラの響きの中から浮かび上がる。
チャンチキ(摺鉦)があるだけで、日本の祭り感が出る。
馴染みやすい曲で、また聴きたいと思った。
外山雄三も伊福部昭も、演奏が終わるとスコアを高々と掲げて作曲家への敬意を表したカーチュン。
こういう人柄も、オケや聴衆に愛される理由だろうな。
2025年秋からハレ管の首席指揮者に就任するが、いまだにハレ管レベルのオケのポストすらもらってないとは!
この人はユロフスキ、ヴァシリー・ペトレンコ、ティチアーティ、クルレンツィス、そういった才人たちと肩を並べる逸材だ。
いずれロンドン響やサンフランシスコ響くらいのオケのポストはもらえるのではないか。
日本フィルの事務局は先見の明がありましたね。
コンサートホールは魑魅魍魎の館
恒例のコンサートモンスター観察。
①ラルゴで書く女
映画のタイトルのようだが、ショスタコーヴィチの第3楽章の最後の方の痛切極まる場面で(指揮者は何度も目を拭っていた)、カチカチ音がするのでそちらを見たら、ボールペンで何か書きつけてる若い女性が😓
②「空席はオレの席」男
前半床に置いてたリュックを後半になって隣の空いてる席に置くおっさん。
お前の席じゃないよね?😅 しかも前半床に置いてたんなら後半も床でええやろ。
リュックも本人もなんか臭いがするのも嫌だった。
感想2
コンマスの田野倉さん、井川比佐志感あるね😅
何度も聴いてるけど、どっしりしてて安定感あるコンマスです。コンマスは人生経験値も大事。
ショスタコーヴィチはバッハやハイドン、ベートーヴェンやマーラーとは違う聴き方が要求される。
20年前、大学生の私は精神科の閉鎖病棟にいて、いつ出られるかわからない先の見えない恐怖と戦っていた。
強い抗精神病薬の副作用で頭は真っ白。脳がフリーズして、言いたいことも言えない状態だった。
その自分が今日の演奏を聴いたら、「ここに自分の言いたいことがすべてある」と感じたかもしれない。