【校閲ダヨリ】 vol.50 師走よ、もうすこしスピードを落としてくれたまえ
みなさまおつかれさまです。
早いもので、2020年も年の瀬を迎えております。
私個人としましては、ほとんど記憶がございません。大変な年だったという認識はありますが、なぜでしょうか、今日までがほんの一瞬で経過したように感じられます。
みなさまにおかれましては、お忙しいなか本年も当お便りにお付き合いくださり、ありがとうございます。
年の瀬のごあいさつに代えまして、今回の記事を書かせていただきたいと思います。
テーマは「師走」です。
社内より、「師走」の語源を調べてほしいという声をもらい、ネタに困り腰痛も発症していた私はすがる思いでこのテーマに飛びついたのです。(予想に反して、腰痛はよくなりませんでした)
さて、「師走」ですが、これが陰暦12月の異称であるところはみなさんご存じのことと思います。
語源だって知ってるよ。「師匠も走るくらい忙しない月」だからでしょう?
たしかに。おっしゃる通りです。
しかしこれではあまりに短く文章が終わりを迎えてしまうので、もう少しねばってみたいと思います。
まず、そもそも「陰暦」とは何なのか。
縮めずにいうと、「太陰太陽暦」となる陰暦は、「月のみちかけをベースに、太陽の運行を合わせ考えて作られた暦(こよみ)」です。(現在の新暦(太陽暦)は、太陽の動きから割り出しています)
陰暦では1か月は29日または30日とされ、1年は12か月、総日数が354日でした。
現在の太陽暦では4年に一度、2月が29日まである閏年がありますが、これは365日では地球の周期と少しずつズレが生じてきてしまうのを正すための措置。
1年が354日しかない陰暦では、大きく差が生じてしまいます。これを修正するための措置として「閏月」がありました。
5年に約二度のタイミングで1年を13か月とし、指定の月を二度繰り返すのです。現代の生活には合わなそうですね。
陰暦には、数字で表す「●月」と対応して、別の呼び名(異称)がありました。
それぞれ、一般的にはこのようになっています。(社会人のみなさんには、ぜひそらで言えてほしいです)
1月:睦月(むつき)
2月:如月(きさらぎ)
3月:弥生(やよい)
4月:卯月(うづき)
5月:皐月(さつき)
6月:水無月(みなつき/みなづき)
7月:文月(ふみつき/ふみづき/ふづき)
8月:葉月(はづき)
9月:長月(ながつき)
10月:神無月(かんなづき)
11月:霜月(しもつき)
12月:師走(しわす)
みな、それぞれに美しさがありますね。人の名前としてもしばしばお見受けすることがありますが、その場合は「きっと●月生まれなんだろうなあ」と想像を膨らますことができます。
「師走」は、現代では「しわす」と読み書きされますが、もともとは「しはす」でした。
だから、語源なら知ってるよ。「師匠も走るくらい忙しない月」だからでしょう?
それは、定番のものですね。もういくつかあるのをご存じですか?
「師匠が走る」のは、『奥義抄』や『名語記』などで登場する「師馳(しはせ。経をあげるために師僧が東西を馳せ走る月)」というものがルーツで、そこから誤用とされる書き方が定着して「師走」になったとされる説です。
ほかには、『志不可起』や『和爾雅』などで登場する「四極(しはつ。四季の果てる月)」というものや、『東雅』や『語意考』、『類聚名物考』など1700年代の語源辞典に多く登場する説の「歳極/年果/歳終(としはつる。一年の果てる月)」というものなど、『日本国語大辞典』では総数9もの語源説にあたることができます。
す、すみませんでした。せっかくなので全部教えてください……。
ものごとの本流がひとつであることのほうが珍しいのです。多くの本質は、さまざまなものが絡み合って形成されています。ゆめゆめお気になさらず。
先に挙げたものも含め、以下に並べてみます。(『日本国語大辞典』より引用)
という感じになります。〔 〕でくくってある文言は、その説が載っている辞典や書籍名なのですが、数でいくと「3」の説が圧倒的に多いことが見て取れます。ほか、気になるのは文献それぞれの成立年代ですが、ざっくりと以下のようになりました。
「3」の説は、数は多いですが、出典の成立年代がそれぞれかなり近いことがわかります。「右にならえ式」の可能性もあることを考えると、「最有力である」とは断定できない気がします。
「師走」の「1」は、9つのなかで一番古い文献からの参照のようですので、主流説として多くの人に認識されているのも納得できますね。
さて、「なんだかもやもやする」というお決まりの展開がやってきましたが、大切なのは「知った上で、多くを受け入れる」というスタンスなんじゃないかと私は思っています。
「It don't matter if you're black or white」とはマイケル・ジャクソンの弁。
白か黒かで割り切れる世界は案外少ないものですよ。
それでは、また次回。(メリークリスマス)
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