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高堂つぶやき集。
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#空

自灯明。古より己の灯りを世に燈す姿は尊ばれてきた。たしかに次世代に継ぐべき哲學であろう。しかし、これからは無灯明とでもいうべき身体感覺もある程度の方々には必須である。すなわち己の円的延長上を豐かにするだけでなく、宇宙圏外にある空と同調し、無をそのまま現世の明に転ずる呼吸である。

以前、オーストリアで通訳をしていた際に「無と空の違いは何か?」と現地藝術家に訊ねられた。「0のまえに無があり、無のまえに空がある」と訳したのだけれども、昨晩ふと「無は充ちるが、空は充ちぬ」といった表現が降ってきて、こちらの訳もなかなか官能的ではなかったかと反省している次第である。

時空越えをされた方は等しくこうおっしゃる。今ここしかなしと。たしかに真理なものの、そんな安易に聖人面される一場というのは概して醜い。やはり真理を識っていてなお、未来に声をあげ、過去を愛す方が増えて欲しい。たとえ真理から外れてもまたそれもおもしろしと視る余裕こそダンディズムである。