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『アートのお値段』に見る ”アートのお仕事”(キュレーター/美術史家/評論家篇)

アーティスト篇に続いて、キュレーター、美術史家、評論家といった、パブリックセクターやアカデミック・スフィアの人々について見ていきましょう。

キュレーター

この映画には美術館キュレーターがほとんど出てこないのですが、作家たちの話にも出てきたように、人類の宝を保管して後世に伝えていく機能を持つ美術館は、業界内で重要な役割を担っています。その中で働く美術館キュレーターは、公共財を築くために日々研鑽を積んでいます。

美術館では展覧会企画とならんで作品の収集はひとつの柱です。が、いまは価格が高騰して収集活動は思うようにいかなくなっています。ともあれ、展覧会も収集も調査研究が大前提。まずはその面でアート界に貢献していると言えます。

(ジデカ・アクーニーリ・クロスビーのスタジオで)
アート界は過酷よ 特に若いアーティストにはね
市場では 突然 注目されて 生産をお金がすべてになる
何があっても 制作を続けることが重要よ 雑音は気にせずに
人為的に 急に評価を上げられても そのうちに忘れられる
ーーコニー・バトラー(ハマー美術館キュレーター)

この映画がマネーをテーマにしているので、作家の身の振り方についてのコメントだけが収録されていました。でもバトラーは美術史や表現史の中でのクロスビーの立ち位置を話せます。またクロスビーが絵画制作のモチベーションだと言った「緊急性」(どうしてもそれをしないではいられない心性)を、現代社会の構造と流れの中で客観的に理解して、語れるはずです。

美術館キュレーターは館の運営母体から給料をもらって生きているので、マーケットとは切り離されています。だからこそ、キュレーターの評価(=美術館のコレクションになること/展覧会に参加すること)は重要視されています。

という話をしたすぐ後に、彼の話を持ってくるとちょっと混乱するかもしれませんが…。

黄金なしの黄金時代はない 
70年代にくらべて 100倍のコレクターがいるからこそ
1000倍のアーティストが作品を作ってるんだ
今が”バブル”さ いい作品が生まれてる バブルは浮かせておこう 
割っちゃいけない
ーーポール・シンメル

シンメルはLA近代美術館のチーフキュレーターだったのですが、美術館を退職して2013年にハウザー&ワースというメガギャラリーとの協働を発表し業界を驚かせました。そんな転身はとても珍しいケースです。コメントも面白くて、「儲かるよ」的なことを暗に言っていますね。(2017年にギャラリーを去って、フリーのキュレーターとして活動している模様。とすると私と一緒で収入は不定期で不安定……。どうしているか聞いてみたいです。)

美術史家

不快ですね ここの作品は
人生のすべてが 商業とのギラついた妥協だと言っている
(中略)レンブラントやフェルメールの元に戻り
自分の世界で暮らしたい
美しく 不可視で 洗練した内省を 数人と共有して・・・
ーーアレクサンダー・ネメロフ(美術史家)

ネメロフの言葉は多くの美術館キュレーターのそれと近いと思います。お金には換算できない価値が美術作品にはあると考え、それを研究する仕事をしている人の言葉です。彼は大学で教えていて、現在はスタンフォード大学教授。大学からの給料があるのでマーケットからは距離を保つことができます。

オークションに行ったのは一度きり スカル(オークション)の時だけよ
信じがたかった アートを肉のように 競売台に乗せるなんて
異常に思えたわ 現代アートに高値がついた初の例だった
ラウシェンバーグがいて 怒りで いきり立ってたわね
彼の手元には 最初に払われた600ドルだけ
極めて重要な出来事だった
存命のアーティストの作品に高値がつき 皆が気がついたの
安く買って高く売れば 儲かるとね
ーーバーバラ・ローズ(美術史家)

現代美術がオークションで取引されはじめた時のことを語ってくれています。興味深いですね。ローズはやはり、マーケットで商品として現代美術作品が取引される状況に否定的です。『Art in America』、『Artforum』などそうそうたる美術誌に寄稿してきたローズ。彼女も原稿料、そして出版した本の印税で生計を立てている人種なので、マーケットとは距離を保っています。

あの人たちが計算するのは
”最も過小評価されている画家”
株価の算定と同じ
道義に反してるし 本末転倒だわ
ーーバーバラ・ローズ(美術史家)

プーンズが ”再発見”されたエピソードのところで出てくるコメントです。私たちはプーンズに、再発見されてよかったね、とハグしたいような気持ちになるわけですが、このローズの言葉によって「再発見」はビジネスだと、少なくともそういう側面があると、釘を刺されるのです。

美術評論家

オークションはイヤになるよ 私がショールームでできるのは 
見ている作品すべてに今生の別れを告げること
どの公共機関にも高すぎるからね 例外はゲティぐらいだけど 
1年に1作しか買えない
コレクターが返還するのを期待するよ でも難しいだろうな
ロンドンや上海 NYのどこかの家に掛けられ 二度とお目にかかれない
ーージェリー・サルツ(美術評論家)

サルツは、マーケットで取引される作品は個人コレクターの手元に行ってしまうので、もう見ることができないと嘆いています。公共機関、美術館に入れば、まだ定期的に展覧会に出てくる可能性がありますが、現代美術の値段が高騰しているのでそれもかなり厳しい状況と言っていますね(ゲティはLAの美術館)。

コレクターが「返還する」というのは、コレクターが晩年に自身の築いたコレクションを美術館へ寄付する行為を指しています。

話題は お金のことばかりで悲しくなる 
キラキラして話題にしやすいけど 誰も深くは考えない
ーージェリー・サルツ(美術評論家)

彼は『ニューヨーク・マガジン』のシニア・アート・クリティークです。どんな美術が優れているか、ということだけを論じていたかったのに、誰それの作品がいくらで取引された、みたいな話題が多くなって悲しんでいます。少なくとも私たちは、美術の価値を語らずに値段が語られる本末転倒な状況を意識していたいです。

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私が属するのもこのグループです。人類の財産としての美術を分かち合い、記録し、保存していくために働いています。経済活動的には、美術館で個展を開催したとしても美術館の展覧会制作予算などはたかが知れており作家への謝礼は微々たるもの。作家に直接金銭的利益をもたらすことはできないのですが、調査研究・展覧会企画・執筆、そして館に作品収蔵を促すことで、作家の評価を高めることになり、作品の値段も上がっていく。業界の中では、そういう役どころです。

私自身がどうやって利益を得ているかと言えば、美術館キュレーター時代は館の運営母体から給料をもらっていました。運営母体が地方自治体の外郭団体(自治体100%出資の財団)だったので、一般的に「準公務員」と言われる身分。給与体系はまあ地方公務員くらいと思っていただいて大丈夫かと思います。フリーランスになった今は、美術館の展覧会や芸術祭など、プロジェクトベースで業務委託を受けています。

ただ、インハウスのキュレーターでなくなった今も、スピリットは変わりません。というか、変えられない。仮にもし、ある作家のマーケットにおける評価を高めるためにその作家についていいことを書いてほしい、とお金を積まれたとしても、その作家をもともと評価しているのでなければ、絶対書けないです(笑)。体質的に無理です。そういう意味では、私も作家たちと似たような生き物だなと思います。

(つづく)


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