或るアラサーの愉快な1日劇場
先日、とある駅の構内でカップルらしき2人組を見かけた。多くの人が行きかう構内で、その2人はよく目を引いた。その理由は、おそらく2人とも派手目な服装をしていたのと、周囲の人と動きが違っていたからだろう。その2人の辺りだけスポットライトが当たって、時間がゆっくり流れているように見えた。
なお、私は前方にその2人を認めつつ、その横を通り過ぎようとするモブキャラAである。
背が高い男性が女性に向き合って、こんなところで抱擁でもするのかという勢いで女性に迫り、抑揚をつけてしみじみと言う。
「君との再会は、素晴らしいものだったよ・・・!」(イケボ)
と。ちょうどそのとき私はカップルの真横を通り過ぎるところで、2人に近づいてみて分かったことがある。どちらも女性だ。そして妙に芝居がかったセリフと発声と間、目を引く衣装とメイクから察するに、宝塚関係者だと推測した。ここは関西だし、そう考えると納得である。
そのとき私は珍しいものを見せてもらって、なんだか得した気分だった。日常の中の非日常。しかも、とても絵になる美しさ。普段ならば脇目もふらず歩いている私の視線を、ガッチリと掴んだのだから。
なんなら私だって言われてみたい。見目麗しい長身の男(役女性)に、「君と過ごした時間は、忘れられないものになったね」(イケボ)って。ぱっちりとした目で見つめられながら、私の肩に手でも添えてもらって……おっと、妄想が止まらなくなると厄介なので話を戻そう。
そんな彼女たちを見て思った。日常に芝居を持ち込んだら楽しい気分で乗り切れたりして。そうだ、試しに生活に支障がない程度に芝居をしてみよう!
というわけで、プライベートな領域に留まるが、モブキャラAによる芝居モードの1日をここに晒してみようと思う。
朝
カーテンを開けると太陽が燦々と輝いている。一気に心まで明るくなる。
「おはよう、わが家の植物さんたち!今日はいい朝だね!」
ベランダに向かって言ってみる。朝の空気を大きく吸い込んだら顔を洗おう。そうしたら、鏡に映る自分に言ってあげるんだ。
「ふふふ、まだ眠たそうな顔をしているね。でもそんな君もステキだよ」
「メイクをして、もっともっと魅力を高めてあげるからね」
*
・・・割とこの辺りで限界が来てしまった。
なによりセリフが出てこない!そりゃそうだ、観劇の趣味が私にはないし、小説や漫画の類も最近はあまり読んでいないから、芝居調のセリフのストックが枯渇している。ていうか寝起きだし、頭が回らんて。
あっ、羞恥心とかいうものは元から無いですよ?
気を取り直して、夜。
私は料理があまり好きではないので、料理の時に芝居モードに入ってみたらハピハピ☆クッキングになるんじゃないかと思ってやってみた。
*
まずはにんじんの千切りから。
「私、千切りって苦手なの」
「キミならできるさ。自分を信じて」
「でも・・・」
「大丈夫。食べられればいいんだから。ひとたび口に入ってしまえば、どんな形かなんて関係ないよ」
皮をむいたら、ざくざくと切って行く。斜めに切って、今度はそれを細切りにして。
ときどき「えいッ」と精一杯のかわいい声を出しながら。
「なぁんだ、できてるじゃないか」
「でも太さはまちまちだし、長さもバラバラよ」
「そんな細かいことは気にしなくていいさ。ちっちゃいことは気にすんなって一世風靡した人がいたくらいなんだから」
*
こち流おしゃべりクッキングとでも名付けようか。いつの間にか2人の掛け合い設定になっていた。なぜか男役とみられる人物のセリフが、「かまへんかまへん」が口癖の関西の主フっぽくなっている。おかしいな、タカラジェンヌを目指していたはずなのに。
でもセリフをポジティブに寄せたので、なんだか料理下手な自分が励まされて、明るい気持ちで料理ができた気がする。
ついでにおまけも書いておこう。皿洗い編だ。
*
「さあ、洗っていこうか!」
景気づけに元気な声で開始宣言をする。
「もずくのすまし汁は優しい味だったね。出汁の風味が私は好きさ。そう、日本の味って感じがするから・・・」
感慨深げに言いながらお椀とお茶碗を洗い、おかずが載っていた皿を手に取る。
「そういえば、今日のブリは塩こうじの味が効いていてgoodだったよ。」
「おかずのにんじんも良かった。初めて作った料理だったけれど、さっぱりしていて暑い日にもちょうどいいんだ!」
そうして一通り食器を洗ったら、今度はすすぎだ。
「しっかり洗い流していこう。泡は一つも残さない!」
*
とまぁ一々口に出してみたが、これってただの食事の感想&洗い物の実況やん。しかし、気づいた時には全工程が終わっていたのである。
芝居のクオリティはさておき、洗い物を楽しく乗り切ることはできた。つまり、そもそもの目的は達成できたということ。それならよしとしよう。
そして就寝時。
*
「今日は素晴らしい1日だったね。無事に今日という日を終えられたことに感謝しよう。ありがとうの気持ちを胸に抱いて、深き眠りの世界へと入っていくんだ・・・」
*
・・・なかなか良い締めでは?(自画自賛)
これ以上はもう頭が回らないので、芝居はここにて終了。お疲れさまでした。
それでは、この日の私を見守っていた我が家のメンバーから一言いただいておこう。
当初の目的は果たせたものの、慣れないことはやってみても上手くいきませんねぇ。セリフを考えるのにめちゃくちゃエネルギーを使ったにもかかわらず、それほど良いセリフが湧いてきませんでした!もはやネガティブワード禁止という条件付きの、ただの実況でしたから。
芝居をするなら、もっと自分になじみのあるものへのなりきりならできたのかしら?
たとえば・・・、
某、料理ハ不得手ニ付、其見映並味、何卒御容赦被下度御願申上候。
美味ニ候、善哉善哉。
ろくに候文の書き方も知らないのに、見様見真似で書いたので、このたった2行にもエネルギーを使いました。でもこっちの方が自分の好みです。次はこっちで攻めてみようかな?
結論:文芸にもっと触れよう!
最近サボっていた古文を読んで出直そうと思いました。いつかリベンジしたいです。
*
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