リテールメディア内製化への道:明確なポリシーの下で動かす段階的なPOCの役割
リテールメディアへの期待感が高まっている理由は、自社名義のメディアを品揃え、メディアビジネスの主体者になることで、新たな収益源を確保できる可能性があることです。また、リテールメディアは、本業の小売業の収益率を上回る新しい事業として展開できるという期待感が背景に存在します。
ダイヤモンド・チェーンストアの記事「営業利益の1割以上!?「リテイルメディアは、小売業の利益にどれだけ貢献するのか?」の中でも、専門家から以下の意見が述べられています。
今回は、ここで言う「正しい手順」と「正しい投資」とは何かを考えてみたいと思います。具体的には、自社資産の取扱いに関する一貫性をもったポリシーの必要性と、将来の内製化に向けて段階的なアプローチを採り、一つずつ、事業としての確実性を築く方法論としてのPOC(概念実証)の有用性とその役割について探っていきます。
1.事業基盤整備の目的と運用上のポリシーの明確化
米国の大手小売のリテールメディア事業における高い利益率は、自社固有のメディアや売場、そして1stPartyのデジタルIDや属性、行動履歴等、独自アセットの強みを生かし、運用する組織やシステム開発を含め内製で進める、小売名義の広告プラットフォームというビジネスモデルが前提となって実現されています。
前述した高い利益率を実現するリテールメディアを、自社固有のアセットを用いて事業化する、という目的を起点とした場合、日本の小売業が、事業化の検討の手前で定めるべきは、自社の強みである事業資産の取扱いに関するポリシーではないかと考えています。
上記のリテールメディアの定義を前提に考えると、小売が持つデジタル化された顧客IDで接続されたメディアと、顧客IDで特定する広告接触と最終購買の履歴を用いた効果の立証が、小売が手掛けるリテールメディアの特徴であり、他にはない強みであることがわかります。
高い利益率を実現するリテールメディアのプラットフォームを構築し、事業化するという目的を置く場合、この目的と整合するよう、自社資産に関するポリシーが定義され、当該ポリシーの下、デジタル化された顧客ID化とデータの取扱い方針が規定される、という形で、事業戦略からオペレーションまで、社内で一貫性持った取組みが求められます。
リテールメディア事業の成立と高い利益率を両立するカギは、事業の内製化と自社資産の分散回避にあります。したがって、定められるべきポリシーとそのポリシーによって規定される方向性として、以下の方針が考えられます。
【ポリシー】
「最も重要な資産である会員基盤とDB基盤の他社依存の回避」
【方向性】
・自社デジタルID化の推進(自社ポイント維持)と会員獲得に関する他社依存度の抑制
・リテールメディア事業の広告代理店やアドテクベンダーへの依存度の抑制とDB分散および流出の回避
ここにきて、小売業の全社戦略、経営レベルで検討される、新規事業としてのメディアビジネスへの取組みの方向性と、自社資産の取扱いに関するポリシー、そして、オペレーションレベルの業務である、顧客IDやデータの確保といった取組みとの間に一貫性がなく、各レイヤーごとの個別最適の意思決定になっていると思しき小売業のリリースをいくつか拝見しています。
組織の縦割りに起因する問題や、オペレーションレベルの業務上の意思決定の結果、小売業しか持ちえない顧客との直接の接点や、本来、小売業にしか帰属しないお客さまのデータ、といった、リテールメディア事業で高い利益率を実現するための源泉である自社固有の資産を、自ら手放すことにならないよう、十分に留意する必要がありそうです
2.内製化に向けPOCをやりながら一歩ずつ進む
自社が取扱うメディアをメーカークライアントや広告代理店に外販するというメディアビジネスにおいて、社内の関連部門とクライアント側を繋ぐハブとなり、共同販促広告を実行する組織機能を外部に委託してしまう場合や、CDPや広告配信基盤等、リテールメディアを駆動させるための仕組みを、外部のパートナーが構築した基盤を間借りする形で、事業化してしまうと、広告代理店やアドシステム(アプリ・システム)のベンダーに対する委託費や、手数料、基盤利用料が発生し、リテールメディアの利益率は低下していきます。
日本の小売業において、リテールメディアの事業展開を妨げている大きな問題は、リテールAdsの提供と運用に適した組織機能を社内に確立し、適切な人材を確保することと、従前、小売業の情報システム部では取り扱ったことがないメディアビジネスに必要なシステム基盤の構築にあると考えられます。
上述したメディアビジネスに関する知見やケイパビリティを備えた人材は、通常、小売業の内部には存在しませんが、高い利益率のリテールメディア事業を目指す場合、取組みの初期はリテールメディアやリテールAdsの実装を支援する機能を持つ法人を介在させ、一つずつPOCを重ね、小売業の組織内に知見やメソッドが定着した後、システム開発、運用も完全に内製化していく、というステップの踏み方が現実解になると考えています。
米国のWalmartも、2021年にWalmart connectというデジタル広告を扱う専門組織を再編によって立上げる手前側では、アドテク会社のM&Aや、WPPといった大手広告代理店に力を借り、初期的なビジネスを作っていますが、最終的には、システム開発や運用を内製化できる目途が付いた時点で、組織人員を含めた内製の広告プラットフォームへ移行しています。
外部のパートナーや広告代理店、デジマ領域のアドシステムを手掛けるベンダーを活用しながら、将来的に内製型のリテールメディア事業に換えていくためのステップとして、以下の4つが考えられます。
(1)要件定義とプロジェクト管理
リテールメディアやリテールAds領域において、オンサイトを中心とした小売側の営業企画、販促企画の業務や、メーカーとの共同販促広告に関する理解があり、オフサイトについては、各種メディアやプラットフォームとの連携経験を持つ企業に、自社で実行可能な領域を見極めた上で、必要な範囲の実装支援を依頼するという進め方があります。
①リテールメディア事業戦略や構想の解像度を上げ、プロトタイプの輪郭を整え、小売業と広告代理店や広告主となるクライアントとの間をどのように繋ぎこむか、といったサービス設計の領域
②従前、小売業の中に内在しなかったメディアビジネスに関する業務である、商談管理、広告配信メニューの開発、広告在庫の管理、契約管理、オーダー管理、データ抽出と分析等の業務に適した社内の業務ITに関する仕様設計
③リテールメディアのシステム基盤として考えられる、顧客データ管理のCDPや、分析、検証用のシステム、自社メディアの広告枠を販売するSSPや、外部メディアへの配信に関するDSPの機能など、小売側が実装したい機能や要望を実現するため、具体的な開発の方向性と手順等を定める、システム構築に関する要件の定義
④IT開発を請け負うITベンダーのコントールや、運用テストや受入れに至るまでの開発プロジェクト全体のマネジメント
このような実装支援は、初期的なリテールメディアのシステム開発のタイミングで採り入れられる他、リリース後の機能追加等でも用いられますが、この過程で、小売業の中にリテールメディアのシステム開発における要件定義ができる人材や、ベンダーマネジメントができる要員を置き、将来的には、システム開発や運用の内製化へシフトしていく目指していく形を採ります。
(2)組織人員の体制の計画作り
自社のオウンドメディアであるWEBサイトやアプリや、デジタル化された顧客IDで接続する外部メディアへの広告配信といったメディアビジネスを興そうとする場合、広告やメディアの理解や知識、コンテンツやクリエイティブに関する素養、そして、デジタルマーケティングに関する経験等、小売業に長く務めた社員には求めることが難しいケイパビリティを持った人材が必要になります。
そして何より、従前、メーカーは取引先の一つであり、商品取扱いの是非を決める、という強い立場で進めることができた小売のビジネスから、自社の取り扱う広告商材をクライアントになるメーカーに対し、メディアとしての魅力を解き、受注後は、その効果を証明する、という、立場がまるっきり逆転したようなビジネスを行うため、発想の転換、頭の切り替えが求められます。
このような状況下、メーカー営業部との商談から始まる、共同販促型広告(リテールAds)を営業し、社内関係者の理解を取り付け、営業政策や店頭展開との同期を取り、キャンペーンを展開し、多面的に広告効果を分析し、メーカークライアントに対し、費用対効果を含め、確かな広告効果を立証する、という一連の業務プロセスについては、外部の実装支援の法人の力を借り、1周ないし、2周回すという進め方がありえます。
このPOCを通じ、メディアビジネスを成立させるため、どのような業務フローが必要になるのか、どの程度、新規の業務が発生するのか、という業務分析と、それぞれの業務に従事するメンバーに求められる人材要件やケイパビリティ、そして、現有戦力を見通した際の人員の過不足を明らかにすることができます。
事業の立上げ当初は、否応なく、外部のパートナーに委ねざるを得ない業務が発生する可能性が高いものの、人材要件定義とともに、新たに設置する社内とクライアントを繋ぐハブとなる組織機能の業務分掌やミッションを定める等、短期、中期の組織と人材計画を立て、一歩ずつ、運用の内製化を目指していく形を採ります。
(3)クリエイティブ
小売業には、自社のWEBサイトやオウンドのアプリの制作や、デザインを外注してきており、一部で自社のキャンペーンや商品紹介等の情報発信を、事前に用意されたCMS(コンテンツ マネジメント システム)を用いて更新する担当が、他の業務との兼務する形で営業企画部門に数名いる程度に留まっています。
この先、メーカークライアントとの共同販促広告(リテールAds)に取組もうとした場合、従前、小売業の業務としては必要がなかった、販促広告のプランニングやコンテンツ制作、そのデザイン等、クリエイティブ領域の機能の配置が求められます。
特に、共同販促型広告(リテールAds)のオフサイトへの外部配信を考慮すると、クライアントであるメーカーの商品の訴求ポイントを踏まえ、お客さま接点を持つ小売側のルールや配信メディア側のレギュレーションに適合する広告素材やLP(ランディングページ)の制作が必要になります。
共同販促型広告(リテールAds)の目的である、流通小売側への送客や、対象となるメーカー商品の販促の成果は、対象となるターゲットへの訴求度を左右するクリエイティブの出来の如何にかかる比重が大きいため、このようなPOCを通じ、クリエイティブにかかわる要員の内部配置の必要性を含め、内外作範囲の見極めを行う形を採ります。
(4)リテールメディアを跨る出稿の確保
最後に、メーカーの部門別の役割と業務目標に応じ、メディアが選択されているという、メーカー側のお財布の違いを見据えたPOCがあり得ます。
※お財布分断の舞台裏については、以下の記事をご覧ください。
現在、日本で立ち上がりつつある小売名義のメディアビジネスである、共同販促型広告(リテールAds)は、「どこで(販促対象屋号が決まっている)」と「何を(販促対象の商品)」が固定で、自社の取引先である流通小売に、お客さまを送客し、さらに自社商品を拡販するミッションを果たすために投下される費用であり、基本的に、この費用は、販促を提案する流通屋号に対して設定された流通対策部門や広域営業部門の予算で実施されています。
広告宣伝部門やデジタル広告の運用を担う組織が持つお財布は、全国施策費であり、従前のマスコミ4媒体への支出に加え、検索連動、ディスプレイ広告、動画広告、SNS広告等、インターネット広告等、自社商品やブランドの認知や興味関心を喚起するために投下される、という性質から、現時点では、小売名義のリテールメディアに対し、予算が割当てられることが少ないと考えられます。
今後、広告宣伝部門が持つ予算や、ブランド担当に支出裁量が認められている個別課題解決用の予算を確保できるとすれば、小売各社が運営するリテールメディアの媒体力が、他のインターネット広告と比べ、そん色のないレベルになる必要があります。
その上で、広告宣伝部門やブランド担当の役割や業務目的を勘案すれば、小売が手掛ける単体メディアへの出稿効果の計測ではなく、複数の小売が取扱うメディアへ同時出稿した際の効果を測定でき、さらに、その出稿効果をその他のインターネット広告とも横並びで比較し、同一の物差しで費用対効果を評価したい、という意向に応えることが求められます。
テレビ広告、アウトドアメディア、紙媒体、デジタル販促、といった、あまたある広告宣伝予算のアロケーションの中に、どう割って入るかが重要な論点であり、広告宣伝部門やブランド担当が、マーケティングプランを検討する際、1メニューとして認められるような存在にならない限り、この領域の予算投下に繋がらないという点が、リテールメディア全体の課題でもあります。
したがって、複数の小売が手掛けるリテールメディアが立ち上がった後は、広告出稿効果を計る評価指標の物差しとレポート内容を一定標準化することを目的としたPOCを実施し、他のインターネット広告と比べ、効率的にリーチが取れ、さらに、流通横断で購買までの効果が計測でき、それぞれのメディア力について評価が可能である、という広告媒体に換えていくため、リテールメディアの業界標準作りのアクションが求められることになりそうです。
ここまで、ご一読いただきありがとうございます。マーケティング視点で読解力を高めるノートでまとめた電子書籍のコンテンツも、ご覧いただけたら、幸いです。
マーケティングの視点で見聞きし、読み解き、整理、体系化したこと事を発信しています。発信テーマ別に目次を用意していますので、気になる記事がありましたら、ぜひご覧ください。