見出し画像

リテールメディアの利益率を高めるカギ:内製化と自社資産の分散回避の必要性

 近年、米国の小売業で活況を呈すリテールメディアですが、ここにきて、日本においても注目が集まっています。リテールメディアが耳目を集める一つの理由が、自社の収益率を高め、財務状況を改善するキードライバーとなる可能性があるためだと考えられます。

 例えば、米国スーパー大手のクローガー(Kroger)は、販促費が増加しているにもかかわらず、PB商品の堅調な販売実績と、リテールメディアなど代替となる収益源への投資により、2023年度第1四半期決算において粗利益率を改善することができたとし、リテールメディアが利益改善を主導していると発表しています。

 2022年に発生した円安、インフレ、社会情勢の不安定化や需給悪化によるエネルギーコスト急騰等のコスト増が、日本の小売企業の業績を圧迫しています。特に、ここにきて光熱費の上昇は著しく、もともと本業の利益率が薄利である小売業にとって、新たな収益源となり得るリテールメディアにかける期待値は大きいと言えるでしょう。

 今回は、小売業にとって新規事業であるリテールメディアに参入する際の成功のカギとなる、内外作区分に焦点を当て、リテールメディアによって得られる収益をできる限り内部に留め置くための内製化や事業資産の分散回避の必要性について、見ていきます。


1.リテールメディアの利益率に関する誤解

 2022年のスーパーマーケット年次統計調査報告書によると、全国の食品スーパーマーケットの平均営業利益率は1.4%であり、年商が1,000億円以上の場合は2.61%となっています。ドラッグストアについては、上位16社の平均営業利益率は約4.5%であり、小売業の営業利益率は大よそ1%~5%程度だと考えられます。

 一方、2022年3月28日のBCGの調査レポートによると、米国のリテールメディアのオンサイトの利益率は70~90%、オフサイトについては、メディア媒体費と広告代理店の管理手数料を差し引き、小売のマージンが20%~40%の範囲だとされています。

出典:BCG How Retail Media Is Reshaping Retail

 オンサイトはもとより、小売業が持つデジタルIDやデータを活用して、外部のメディアへ広告配信を行うオフサイトについても、小売業の本業を大きく超える利益率をなっていますが、ここはひとつ注意が必要な点だと考えています。

 米国でここまでの期間に確立したリテールメディアは、実質的には大型の物販系ECサイトを起点とし、広告代理店やアドテクベンダーの機能も、M&Aや協業により、内部に取り込み、デマンド側、サプライ側の両面を司るアドネットワーク全体を自社で管理し、提供する広告プラットフォームであるという点です。

 オンサイトについては、一部、広告代理店に対する支払いがあるものの、自社が管理運営するオウンドメディアやECサイトへ広告が出稿されるため、極めて利益率の高いビジネスになります。

 一方、オフサイトについては、広告出稿のセルフポータルや、出稿管理機能、配信対象者を特定する自社CDPに加え、外部メディアへの広告配信を実行するDSP等、アドネットワークやアドシステムの全般を、自社開発の上、内部で運用しており、リテールメディアを運営するための機能の大半を内製化しているため、外部メディアへのメディア媒体費以外のキャッシュアウトを抑制できていると考えられます。

 このように米国の調査結果は、基本的に内製を前提とした、小売名義の広告プラットフォームの利益率であるという点を、まずは理解する必要がありそうです。

2.リテールメディア運営に関する内外作の論点

 小売業が持つ事業資産を活かし、自社メディアを設え、配信の仕組みを整え、運用する、というメディアビジネスに必要となるアセットやリソースは、従前の、仕入れ、商品を並べ、販売するという、アソートメントビジネスに最適化された組織構造を持つ小売業の内部には現存しないため、日本では、リテールメディア事業を、外部パートナーに業務を委託したり、他社の基盤を間借りする形で立ち上げるケースが多くみられます。

 ここで、外部に委ねる範囲が広ければ広いほど、その期間が長くなるほど、キャッシュアウトを伴い、リテールメディア事業の利益率がどんどん低下していく構造にあるため、内外作の範囲と利益率がトレードオフの関係であるという点を認識する必要があります。

 リテールメディアの内製範囲を考えたときに、利益率の低下を惹起する可能性がある3つの分散について、見ていきたいと思います

(1)リテールAdsに関する組織機能の外出し

 自社が取扱うメディアをメーカークライアントや広告代理店に外販するというメディアビジネスの性質を勘案すれば、少なくとも小売業の中にメーカーとの共同販促広告を取り扱い、社内の商品部や営業部とクライアント側の間に入り、ハブとなる役割を果たす専門部門の設置が必要になります。

 自社の広告メディアの「MediaSheet(媒体資料)」を用意し、メーカーに対する営業を行う機能や、商品の取扱い方針と店舗での告知展開や広告配信内容の同期をとるための関係部門への社内ブリーフィング、LPやオウンドメディア、外部配信のクリエイティブ作りとそのチェック、広告配信に関わる各種業務やワークフローの管理、広告出稿効果の分析、クライアントに対するレポーティングなど、メディアビジネスの実践に伴い発生する一連の業務について、人材要件を定義し、採用、配置など組織機能をデザインする際、内製の可否について、判断を迫られることになります。

 小売内部からの人材登用や育成、配置が難しい場合、不足する機能について、広告代理店やアドテク企業に対し、一部またはその多くを業務委託という形で委ねる形態を取らざるを得ず、この場合、パートナー企業が対応する範囲の広さに比例する形で、外部へのキャッシュアウトが大きくなる構図になります。

(2)広告配信や顧客データ管理等システム基盤の間借り

 小売業が保有するデジタル会員IDと購買データを用いて、自社が管理するオウンドの媒体や外部メディア向けの広告配信を行うリテールメディアを事業化するためには、各種データを管理する基盤や分析の仕組み、広告配信基盤等、リテールメディアを駆動させるためのシステム開発が必要になります。

 例えば、オフサイトへの広告配信の効果を測定する機能をメーカークライアントへ提供する場合、対象商品の購入がされたか、小売業のPOSデータを用いて、メディアに接触したIDと突合し、結果のレポーティングが行えるよう、システムが組まれている必要があります。

 また、店頭に配荷や在庫がない商品がある場合に、対象商品の販促広告の表示を止めるようシステム上でガードをかける必要がある等、小売名義のリテールメディアに求められる固有の機能について、業務プロセスと合わせ、システム側の要件定義を行い、それぞれのシステムが業務目的と連動するよう開発する必要があります。

 リテールメディアの導入にあたり、広告配信対象者のターゲティング等に用いるCDP(カスタマー・データ・プラットフォーム:Customer Data Platform)や、広告効果を検証するためのデータマートと分析環境、自社メディアの広告枠を販売するSSPや連携する外部メディアへ配信するDSP等について、サービス設計や業務IT仕様策定、要件定義、ベンダー発注といった一連のプロジェクトを、内部でハンドリングし、マネジメントできるか、内製の可否について判断を迫られることになります。

 小売業の情報システム部で、このようなメディアビジネスに関するシステム開発のノウハウがなく、ベンダーコントロールが難しい場合、リテールメディアに関するシステム開発の内製を諦め、広告代理店やアドテクベンダーが構築済みCDPや広告配信用のアドプラットフォームを間借りする形で、その運用を含め、パートナー企業へ委託する形態を取らざるを得ません。

 この場合、リテールメディアのシステム基盤自体の所有者がパートナー企業であり、長期間にわたり、基盤利用料の支払いが発生するため、利益率を低める要因になります。

(3)デジタルIDとデータ確保の機会損失と分散

 リテールメディアの強みとして、小売業の会員アプリやポイントカード等で確保した顧客のデジタルID(広告ID、cookie、メアド)と会員登録時の属性情報、そして、メディアとの接触履歴やPOS情報などの行動履歴を、広告配信時のセグメント分けや配信者の特定に利用したり、購買に繋がったか等、広告効果の計測、分析、評価に利用できる、という自社資産の活用が挙げられます。

 リテールメディアの構築にあたり、留意すべき点は、顧客を認証・特定するためのデジタルIDの集中と、データベースの分散回避です。

 例えば、自社の会員組織を持たない食品スーパーマーケットが、共通ポイントの仕組みを導入しているケースでは、会員IDや属性情報が、共通ポイント運営会社の帰属となっており、自社資産として管理できていないケースが見受けられます。

 また、自社ポイントと共通ポイントの両方を導入しているドラッグストアにおいて、支払いの際、どちらかのポイントだけが付与される(選択式)場合、共通ポイントのカードやアプリが店頭認証時に提示されると、自社の会員IDに、買い物情報が紐づかない他、共通ポイント事業者により、大規模なポイント還元キャンペーンが行われている場合、自社の会員アプリやポイント会員の登録者分母やMAUを増やすパワーが相対的に低下してしまいます。

 さらに、QRコード決済事業者やデジタル販促を支援する会社が手掛けるデジタルクーポン等の仕組みが複数展開されているケースでは、それぞれのデジタル販促手法毎に、当該販促キャンペーンの参加時に利用者から同意を得た会員IDが存在します。

 販促活動の成果を計るため、当該キャンペーン参加者の購買履歴は、小売からパートナー企業に提供され、デジタル販促事業者が、効果測定とレポーティングを行うことになるため、結果として、データは分散し、自社の販促活動の成果とデジタル販促事業者の仕組みを用いて展開されている販促活動の成果を統合して管理することができません。

 本来であれば、小売業が持つ1つのデジタルIDで、お客さまの行動に関する履歴を蓄積することが必要ですが、顧客IDの発行や販促活動において、外部のパートナーの仕組みを活用し、そこに依存してしまうと、十分なデジタルIDの確保に至らず、小売固有の事業資産が分散してしまうなど、リテールメディアの事業化を阻害する可能性がある点に十分、留意する必要があります。

 次回は、明確な管理・運用ポリシーに基づき、自社資産の分散を回避し、内製化を段階的に進めていくことで、リテールメディア事業の利益率を高めるポイントについて掘り下げていきます。

 ここまで、ご一読いただきありがとうございます。マーケティング視点で読解力を高めるノートでまとめた電子書籍のコンテンツも、ご覧いただけたら、幸いです。

 マーケティングの視点で見聞きし、読み解き、整理、体系化したこと事を発信しています。発信テーマ別に目次を用意していますので、気になる記事がありましたら、ぜひご覧ください。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集