リテールメディアの新常識:デジタルレベルと顧客接点からみた境界と分類(何をもってリテールメディアと称するか)
2022年から2023年にかけ、リテールメディアに注目が集まっています。小売、卸、取引先のメーカーの商流、物流、情報流に関わる方、広告代理店やアドシステム(アプリケーションやシステム)のベンダー、小売業の業務システム手掛けるSier、お客さまのIDや購買履歴を預かり小売業やその取引先に価値提供を行うリサーチや販促支援の事業者等の中で、リテールメディアへの期待値が、日を追うごとに高まっていると感じています。
ただ、「リテールメディア」というキーワードだけが、比較的、短期間で脚光を浴び、いわゆるバズワード化してしまったため、なんか聞こえが良さそうな事業っぽい、という期待感だけが、ふんわりと先に走ってしまった結果、その定義や意味合いは曖昧になり、どこからどこまでがリテールメディアで、その価値がどこにあるのか、成立させるための要件は何か、このあたりのポイントについては解像度が低く、手に取りづらい状態になっているという感覚を持っています。
そこで、今回は、事業主体(名義)、情報と接触するタッチポイント(リアル/ネット)、メディアの性質(デジタル/アナログ、デジタル度のレベル)の軸で、リテールメディアと呼び表されている広告媒体を区分して整理し、あわせて、それぞれのセグメント別に適切な呼称を提案していきたいと思います。
1.分類軸の提案
まず、一番広く範囲を取った場合の、広義のリテールメディアの定義は、以下の通りです。
【最大に範囲を広く取ったときのリテールメディア】
小売の店頭や顧客接点、顧客IDや購買履歴を用いた広告を表示する、または配信、送付する役割を果たすWEBサイトやアプリ、媒体、機器の所有者や運営者が取扱うメディア
ここから、いくつかの軸でリテールメディアを分解し、米国のAmazon AdsやWalmart Connectをはじめとする高い収益と利益率を誇るリテールメディアや、日本におけるリテールメディアの事例として取り上げられるデジタルサイネージは、どのようなポジションの広告メディアとして位置付けられるのか、確認していきます。
(1)インストアかアウトストアか
まず、1つ目の分類軸として、お客さまと広告や販促プロモーションの情報の接触場所で、大きく2つに、切り分けることができそうです。
【アウトストア】
お客さまが情報に触れるポイントが、店舗への来店前および来店後にある
【インストア】
お客さまが情報に触れるポイントが、来店から退店までの店内や、ECサイトへのアクセスから、退出までの導線上にある
(2)消費購買行動の流れ
前述したインストアとアウトストアをさらに分解し、消費購買行動のファネルに沿って分解すると、以下の3つに切り分けることができそうです。
【店頭(フロント)】
お客さまが、小売業の店舗に入店してから支払いを終え、退店するまでの経路に設置されたタッチポイント
【オンサイト】
小売業の名義で展開するウェブサイト、アプリ、SNS、アプリといったメディアや、ECサイトやネットスーパー等オンライン上に設定されたタッチポイント
【オフサイト】
小売名義で展開するオウンドメディア以外で、自社の顧客IDで接続する広告ネットワークや外部ウェブサイト等のタッチポイント
(3)デジタルレベル
広告を表示、配信、送付する媒体の特性によって、デジタルとアナログに分解することができそうです。ここで言うアナログは、1つの媒体で表現されるコンテンツが固定的(内容の更新不可)なスタンドアロンの媒体を指しており、デジタルは、1つの出面で、内容の更新や、出し分け等、コンテンツを可変させることが可能なオンライン状態にある媒体だと言えます。
また、デジタルとは何かを、突き詰めると、「接続(ネットワーク化)」された状態だと捉えることができ、デジタルのレベルとは、小売業の事業やアセットとの接続度だと捉えることができそうです。
例えば、小売の店頭に設置された商品POPやポスターは、1回制作すると、同一コンテンツのまま、表示する内容や表現を変えることができないアナログな媒体です。
一方、ECサイト上の広告は、利用する顧客IDによって、ディスプレイに表示するコンテンツを出し分けできる他、広告接触者が商品購入に至ったか、購買履歴を用いて検証することも可能であり、在庫がない商品については、当該広告を表示させないといったコントロールができる等、小売業の本業との接続度が高く、結果として、本来目的に沿った情報提供を通じ、購買意思決定へ影響を与えやすい、デジタル度の高い媒体だと言えます。
【アナログな媒体】
1回の情報提供において、コンテンツ(広告情報)が固定的な媒体。ポスター、店内POP、レシート印字、店内の情報提供ラック、店舗壁面、配送トラックのラッピング、折込チラシ、会員へのDM等
【デジタルレベル】
レベル0:小売の持つ情報を活用していない媒体
レベル1:顧客IDやDBを用いたセグメント配信や、ID-POSや購買証明用の履歴を用いる検証、配荷や在庫の有無を考慮した配信、のいずれかの仕組みを備えるもの
レベル2:顧客IDやDBを用いた配信と広告効果の検証を小売のデータを用いて実施可能な媒体
レベル3:広告や販促プロモーションと、小売業の本業がデジタルに接続され、営業政策や販促方針等との同期が図られている媒体
(4)事業の名義
リテールメディアに注目が集まっている理由の一つですが、小売の店頭や顧客接点、顧客IDや購買履歴を用いた広告を表示する、または配信、送付する役割を果たす媒体の所有者は小売業だけではありません。いわゆる「パブリッシャー(Publisher)」は、その名義から大きく2つに分解することができそうです。
【小売名義】
小売業者自身が販売する小売業のブランドを冠した自社名義のメディア
【小売以外の法人名義】
インストアにおいては、レシートに印字される次回値引きやポイントを付与するPOSクーポンやサイネージ、アウトストアにおいては、小売から預かった会員IDやPOSの購買履歴を用いた広告ネットワークや外部ウェブサイト等への配信事業や、QRコード決済事業者によるデジタルクーポン(購買証明)等、小売業が持つデータや店頭を借りて事業を展開するパブリッシャーが取扱うメディア
2.メディアの区分とセグメント別の呼称の提案
ここまで見てきたメディアを分類する縦と横の軸を用いて、リテールメディアを、その面積が広いところから、徐々に分解、区分し、それぞれのセグメントの特性を表現する呼称を提案していきます。
(1)事業主体と名義別の分類
小売業が自社のブランドを冠し、自社名義で販売するメディアと、広告代理店やアドシステムのベンダー、小売業の業務システム手掛けるSier、お客さまのIDや購買履歴を預かり小売業やその取引先に価値提供を行うリサーチやデジタル販促支援の事業者が手掛けるメディアを分解して、区分します。
【リテールメディア(青枠)】
小売業者が自社名義で外販する広告媒体(デジタル・アナログ全て)
【リテールデータメディア(赤枠)】
小売業以外の事業者が、顧客IDや決済データ、購買履歴を収集し、それを広告配信に活用するメディア
【リテールフロントメディア(緑枠)】
小売業以外の事業者が、小売業の店頭環境や機器を活用して広告を提供するメディア
(2)今、リテールメディアと呼ばれている領域
小売業が、自社のブランドを冠し、自社名義で販売するメディアであるリテールメディアを、アナログ媒体とデジタル媒体に区分します。現在、小売業や広告代理店、クライアント等の関係者が期待を口にし、注目しているリテールメディアは、この領域に含まれる媒体のことを指していると理解しています。
【リテールデジタルメディア(赤枠)】
リテールデジタルメディアは、小売業の本業との接続度が高く、広告の配信対象を特定するために、小売業が保有するデータを活用するとともに、最終的な購買結果を次回の施策に活かす仕組みを実装することで、あるカテゴリの商品を買いたい(本来目的)というお客さまへ、そのコンテキスト(文脈)と近く、レコメンド(推奨)するタイミングを合わせる形で、お客さまの本来目的に寄り添う、というリテールメディアの特性を生かした広告展開が可能になるメディア群だと捉えることができます。
(3)リテールデジタルメディアの分解
リテールデジタルメディアは、さらに、以下の3つに区分することができます。
【リテールデジタルメディア フロント(青枠)】
店舗へ入店してから商品を選択し、決済を終え、退店するまでの導線上に置かれたスクリーン、サイネージ等、デジタルディスプレイ
【リテールデジタルメディア オンサイト(赤枠)】
ECサイト上のスポンサー広告(検索連動)や、ディスプレイ広告、オウンドのWEBサイトやアプリ上の広告、オウンドアプリに掲載されるクーポン等
【リテールデジタルメディア オフサイト(紫枠)】
小売業が取得したデジタル会員の顧客IDや広告識別子と会員の購買データを活用し、GoogelのYouTubeへの動画配信や、外部メディアへ配信する運用型のディスプレイ広告等
3.日本のリテールメディア市場規模を確認
ここまで、リテールメディアの事業主体やタッチポイント、メディアの性質の軸で、リテールメディアと呼び表されている広告媒体を区分し、細分化と呼称の提案を行いましたが、この区分に沿って、日本のリテールメディアの市場規模を確認してみたいと思います。
電通が発表した2022年日本の広告費と2022年9月27日にCARTA HOLDINGSがプレスリリースした、日本におけるリテールメディア広告の市場規模の数字を参照すると、以下のような説明ができそうです。
(1)2022年のリテールデジタルメディア(今回定義)の市場規模
2022年のリテールデジタルメディア市場規模:2,035億円(※)
(2)リテールデジタルメディア別の市場規模
【リテールデジタルメディア フロント市場規模(青枠)】
主に、デジタルサイネージの収益
2022年:70億
2026年:355億円
【リテールデジタルメディア 物販EC広告市場規模(赤枠)】
主に、物販系ECプラットフォームの広告費であり、当該プラットフォームへ出店を行っている事業者が当該プラットフォーム内に投下した広告費
2022年:1,900億円
【リテールデジタルメディア オンラインメディア市場規模(紫枠)】
主に、WEBサイト、アプリ、ECサイトなどのオウンドメディアにおける商品告知広告やクーポン、小売企業の顧客データを活用したターゲティング配信に関する広告費
2022年:65億円
2026年:450億円
4.日本のリテールメディアの現在地とこれから(まとめ)
今回、新たに分類し、区分したセグメントやその呼称にそって、現在と2026年頃の市場規模の予想を確認してみると、小売業や小売業の周辺にいる関係者の注目度や、目下、加熱中の期待値と比べ、その市場規模は、決して大きいものとは言えません。
日本のリテールメディア市場については、これから参入を検討する段階の企業や、近い将来の事業化に向け、欧米の事例や、日本における先行者の取組みをスタディしている、という準備段階の企業が多く、既に自社名義のリテールメディアやリテールAdsの取扱いを開始した企業についても、段階的なPOCを通じ、広告や販促広告のメニュー化、、組織人員計画の策定、メーカークライアント側が期待する効果測定の手法やレポート化等、メディアビジネスの型作りを、段階的に進めている状況にあります。
一方、メーカーや、リテールメディアの広告効果に期待するクライアント側においても、リテールメディアの商品やメニューについて、理解や浸透が進んでいない他、複数社のリテールメディアへ出稿した際、メディアを横断して出稿効果を計るための評価指標や、分析レポートの内容が標準化されていないため、現時点では、費用対効果が不透明な商材、という見方が一般的になっています。
さらに、日本市場の固有の事情として、小売1社あたりの販売力や市場占有率の低さ、メディアとしての媒体力の限界から、個社単体では、多くの広告費を獲得することが難しい状況にあります。
このような状況を打破するためには、小売各社が運営するリテールメディアの媒体力を、他のインターネット広告と比べ、そん色のないレベルに引き上げることを前提とし、将来的には、小売が手掛ける単体メディアへの出稿効果の計測ではなく、複数の小売が取扱うメディアへ同時出稿した際の効果測定や、その出稿効果をその他のインターネット広告とも横並びで比較し、同一の物差しで費用対効果を評価できるようにするための、リテールメディアの業界標準作りのアクション等、リテールメディア市場を業界全体でスケールアップさせるための環境づくりが必要になりそうです。
とはいえ、リテールメディアが持つ特性と、小売業が備え持つアセットの優位点を考える場合、リテールメディア市場には、今後、大きなポテンシャルがあると考えられます。
ここまで見てきた通り、リテールデジタルメディアは、以下の要件を満たすメディアです。
この要件を満たすリテールデジタルメディアは、以下の機能を果たすことが可能になると考えられます。
そして、リテールデジタルメディアを駆動させるための以下のアセットは、帰属元である小売業だけが取扱いを許される固有の資産です。
このような資産を持つ小売業は、リテールデジタルメディアを1件あたりいくらで外販するというメディアビジネスから、メーカーのマーケティング目標の達成のため、自社持つ資産をメーカークライアントへ広く開放し、データ起点の施策提案からエグゼキュージョンまでの一連の機能を提供することで、メーカーのマーケティング予算を年間単位で獲得するマーケティングプラットフォーム事業者へ、将来的に、その位置付けをシフトさせらせるポテンシャルを有していると言えます。
現在は、黎明期のフェーズにあたる、リテールデジタルメディアですが、正しく構想し、ビジネスを設計し、適切な投資を行うことで、高い収益と利益率を実現することができれば、小売業のビジネスを確かなものする一つの輪となり、本業の輪とあわせ、その両輪が回ることで、小売事業をサスティナブルなものに換えることが期待されます。
本業としての小売業が確かに存在するからこそ実現可能なビジネスの両輪の成立に向け、構想時の手戻りをなるべくなくし、少しずつ事業の輪郭を整えていくため、ここまで培ってきた経験や、事業を読み解く力を活かしつつ、リテールデジタルメディア構築の一翼を担う等、私も微力ながら貢献したいと考えています。
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