Alexandru Belc『Metronom』ルーマニア、メトロノームに手紙を添えて
2022年カンヌ映画祭"ある視点"部門選出作品、監督賞受賞作。アレクサンドル・ベルク(Alexandru Belc)長編三作目。ルーマニア・ニューウェーブの黎明期から活動しているカタリン・ミツレスクがプロデューサーとして参加している。ベルク自身はドキュメンタリー作家として活動しており、本作品もラジオ・フリー・ヨーロッパ、及びそこで放送されていた音楽番組"メトロノーム"とそのホストであるコーネル・キリアク(Cornel Chiriac)についてのドキュメンタリーを撮る企画からスタートしている。しかし、当時のセクリターテの記録を読むうちに、この番組を聴いていたからという理由で弾圧されてきた人々の物語を知り、方向転換したという。舞台は70年代初頭のルーマニア。高校生のアナは恋人ソリンが家族と一緒に国を離れると知って、意気消沈している。そんな彼女を親友はパーティへと誘う。それは秘密裏に入手した西側諸国のレコードやラジオ・フリー・ヨーロッパを聴いて踊るというもの。ということで、本作品の前半はスティーヴ・マックィーン『ラヴァーズ・ロック』みたいな、"外の世界"とは無縁の仲間同士の楽しく甘い時間が広がっている。同級生たちはその場でコーネル・キリアクに送る手紙を書き、ソリンに頼んで送ってもらうことにしていた。しかし、ソリンが手紙を受け取って帰ったタイミングで、セクリターテがやって来た。
本作品の後半では、セクリターテの尋問(またもヴラド・イヴァノフが演じており、安牌切ったとか言われてた)が描かれる。ネチネチと執拗に飴と鞭を繰り返す様を長回しで捉えることで、友人たちに忠実なで勇敢な少女の心が少しずつ削り取られていく様をリアルタイムで描き出す。尋問シーンの緊迫感を含めたシーン毎の演出は良いのだが、全体的な物語はあまりにも単純化されている上にぼんやりとしていて全く生気を感じないのが勿体ない。てっきり『僕たちは希望という名の列車に乗った』みたいな物語にしていくのかと思っていたが、約束破ったら怖いおじさんに怒られた…くらいの温度感だったので???となるなど。ソリンを演じているのはラドゥ・ジュデ『Uppercase Print』でセクリターテに蹂躙された主人公の高校生を演じるセルバン・ラザロヴィッチなのだが、そういう文脈で観ても本作品はかなりボンヤリしている。それでも、『この世界に残されて』とか現代ハンガリー映画とは時代考証の正確さは比べ物にならないくらい良い。
・作品データ
原題:Metronom
上映時間:102分
監督:Alexandru Belc
製作:2022年(ルーマニア, フランス)
・評価:60点
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