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パオロ・ソレンティーノ『The Hand of God』さようなら、私のマラドーナ

2021年ヴェネツィア映画祭コンペ部門出品作品。ソレンティーノは子供時代にマラドーナに"救われた"経験があることから、彼のことを世間一般以上に崇拝しているらしく、マラドーナがこれまでの作品の中でちらほら登場している。本作品はそんな彼の子供時代を正面から描いた作品である。崩壊した貴族屋敷の床に落ちたシャンデリアが輝き、奥から深くフードを被ったモナシエロという子供の修道僧の妖精が現れるという幻想的な冒頭からソレンティーノ節が丸出しで、誰が誰の縁戚か分からない親戚の集まりも、バカバカしいけど愛おしく収められている。主人公ファビエはラブラブな両親の元で、俳優を目指す兄と一度もトイレから出てこない姉を見ながら、フラフラとしていたが、映画監督になりたいという漠然とした夢を持って兄のオーディションや撮影現場などに顔を出している。ソレンティーノがフェリーニ大好きなので、劇中にもフェリーニのオーディションが登場するが、壁に貼ってる選考対象の女優たちのブロマイドは明らかにフェリーニ好みというよりソレンティーノ好みであるように見える。

題名からも分かる通り、本作品の中心にはマラドーナがいる。序盤ではマラドーナがナポリに来るのが絶望的と言われていて、親戚たちは彼が来るか来ないかという話に花を咲かせ、来たら来たで毎度毎度大盛り上がり、テンションブチ上げで、街中の人々とゲームを見守っている。しかし、中盤に起こる事件以降は、三人の子供たちが次第にバラバラになっていき、親戚たちとも疎遠になっていくことから、あれだけ好きだった(命を救われた)マラドーナの存在が薄くなっていく。彼の存在は具体的な将来像もなく自由に生きられた子供時代の象徴であり、彼との別れは両親との精神的な別れと夢のようだった子供時代からの旅立ちを描いているのだ。

鑑賞前にソレンティーノ本人の話と知っていたので、主人公がいずれサッカーから映画にシフトするのは分かっていたんだが、前半の猥雑などんちゃん騒ぎを丁寧に描いていた(それがめちゃくちゃ面白いのだが)のに比べて、映画監督になりたいという話が唐突に登場したように見えた。実際、カプアーノ監督に突撃した際に、"これまで映画は4本くらいしか観てません!"と言い切っていたので、その決意は唐突なものだったのかもしれない。パトリツィア叔母さん、オーディション会場のブロマイド、カプアーノの現場で出会った舞台女優という流れだけ見ると、明らかに"自分の中のパトリツィア叔母さんを撮りたい"という不純な目的がありそうだが、ソレンティーノの作品を観ると納得できる。

親戚なのにおじさんたちが鼻の下を伸ばして眺めているパトリツィア叔母さん、ご多分に漏れず私もドンピシャなんですが、やっぱりソレンティーノ先生とは趣味が合うのかしら?

追記
時代設定が80年代とはいえ、人工喉頭器を使うお爺さんを笑いものにするなど引っかかる部分は結構ある。女性の描き方についても、ソレンティーノだしな…くらいしか考えてなかったが、他の監督が同じことをやったら小言の一言や二言書いてると思うので、贔屓はいかんなと。

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・作品データ

原題:È stata la mano di Dio
上映時間:129分
監督:Paolo Sorrentino
製作:2021年(イタリア)

・評価:80点

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