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新作映画2024

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2024年の新作ベスト選考に関わる作品をまとめています。新作の定義は、今年も2022/2023/2024年製作の作品で自分が未見の作品です。
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2024年 上半期ベスト

社会人も四年目となってしまい、着実に映画を観る時間は減っているのだが、今年もそこはクオリティで維持しようと奮闘している…はず。鑑賞本数自体は一昨年より100本近く少ない去年よりも更に少ない343本で、しかも今年は去年頑張りすぎた影響でギリギリまで好みの新作に出会えない辛い年となった。毎年恒例の発表日をズラすというズルを今年も行い、滑り込みでランクインした作品もあって、これも良かった。今年も例年通り、 の三つを条件に作品を集めまくった。結局総数は138本となった。昨年は128

マルガレーテ・フォン・トロッタ『Ingeborg Bachmann – Journey into the Desert』謎多きインゲボルク・バッハマンを断片的に観察する

2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。マルガレーテ・フォン・トロッタ長編22作目、ベルリン映画祭のコンペは『Sheer Madness』以来40年ぶり二度目。ヴィッキー・クリープスに実在の人物を演じてもらおう系映画の第二弾(第一弾はマリー・クロイツァー『エリザベート 1878』、三銃士のアンヌ・ドートリッシュはノーカン)。40年前に撮っていたらバルバラ・スコヴァが主演だっただろう。物語は二人+一人の男と付き合っていたそれぞれの時期をバラバラに繋いだ構造を取っている。その

ダーグ・ヨハン・ハウゲルード『Sex』ノルウェー、二人の煙突掃除人とジェンダーアイデンティティの揺らぎ

ダーグ・ヨハン・ハウゲルード長編六作目。"Sex Dreams Love"三部作の第一作。『Love』はヴェネツィア映画祭コンペ部門選出、『Dreams』は未発表なので順番は入れ替わっている。物語は二人の煙突掃除人の男が休憩中にある出来事を語る場面から始まる。上司はデヴィッド・ボウイが自分を女性として扱ってくる夢を見ると言い、部下は依頼人の男の誘いに乗って仕事の後にセックスしたと言う。双方、これまで見られたことのない目線に晒され困惑しつつも、最終的にはそれを受け入れているのだ

Szilágyi Zsófia『January 2』ハンガリー、離婚した親友の引越手伝い

シラージ・ジョーフィア(Szilágyi Zsófia)長編二作目。彼女はエニェディ・イルディコー『心と体と』やホルヴァート・リリ『Preparations to Be Together for an Unknown Period of Time』などで助監督と務めた後、2018年に『One Day』で長編デビューした経歴を持つ。学生時代はエニェディ・イルディコーとペーテル・ゴタールの指導を受けていたらしい。ちなみに、ホルヴァート・リリは本作品のプロデューサーを務めている。物

Laurynas Bareiša『Drowning Dry』リトアニア、ある姉妹其々の家族の穏やかな時間と

2025年アカデミー国際長編映画賞リトアニア代表。Laurynas Bareiša長編二作目。本作品はエルネスタとユステという姉妹を中心に、二人の夫と二人の子供たちについて描いている。エルネスタの夫ルーカスはMMAの格闘家で、比較的強い選手のようだが、エルネスタは彼が戦い続けることに不安を感じている。ユステの夫トマシュは人の良い小太りのおっさんだが、ハンドルを握ると人が変わることが指摘されている。エルネスタの一人息子クリスタパスとユステの一人娘ウルテは同年代で、仲も良好である

アリーチェ・ロルヴァケル&JR『An Urban Allegory』現代版"洞窟の寓話"は都市の隠された顔を見る

傑作。アリーチェ・ロルヴァケル新作短編、JRとの共作は『Omelia Contadina』以来二回目。なんとFestivalScopeに無料配信で来ていた(現在日本からはジオブロックが掛かっており鑑賞不可能だが少なくともフランスからなら鑑賞可能)。"プラトンの洞窟の寓話は知ってるか?"とレオス・カラックスは主人公親子に尋ねる。生まれたときから洞窟に繋がれる我々は、洞窟の壁しか見ることが出来ず、その影/幻想を現実を勘違いしている。では、洞窟から逃げようとした者がどうなったか知っ

マイク・チェスリック『Hundreds of Beavers』新人トラッパー対ビーバー軍団の死闘

マイク・チェスリック長編一作目。マシュー・ランキン『The Twentieth Century』が公開された際、"ガイ・マディンが撮ったモンティパイソン映画だ!"などと呼ばれていたが、今度は"ガイ・マディンが撮ったルーニー・テューンズ"が登場したらしい。19世紀アメリカ、アップルジャックのセールスマンである主人公はパーティでしこたま酔っ払って、リンゴ畑を焼き尽くしてしまい、食料を得るために雪山に入り、そのまま何百頭ものビーバーを倒して北米最大のトラッパーになることを目指す、と

フェデ・アルバレス『エイリアン:ロムルス』重力=地面/落下/下降から逃れる戦いの記録

大傑作。フェデ・アルバレス長編四作目。ケイリー・スピーニーが順調に出世してるのとても嬉しい。太陽の見えない採掘惑星で、穏やかな生活を求める若い入植者たちが突然やって来た放棄された宇宙ステーションに忍び込む話。とにかく上昇/下降が強調されているのは、自由になるためには重力から逃れる必要があり、それは落下/下降から逃れることと等しいからだろう。入植者たちは重力によって地面に捕らえられ、主人公レイン("雨"もまた地面に降ってくるものだ)はその度に上昇を続ける。序盤でエイリアンの死体

レヴァン・アキン『Crossing』人は姿を消すためにイスタンブールへやって来る

レヴァン・アキン長編四作目。引退した歴史教師のリアは姪のテクラを探している。トランスジェンダーであることを告白して父親から追い出されて以来、テクラはジョージアを離れて行方不明となっていた。冒頭でテクラの暮らしていた地域を訪れたリアは、そこでアチというテクラと同年代の青年と出会い、共にインタンブールでのテクラ探しの旅に出かける。そこに、母親が出稼ぎで街を出ているためサズを弾いて日銭を稼ぐ少年イゼットや、地元のクィアコミュニティに属しつつ法学の学位持ちとして協力するエヴリムという

Iva Radivojević『When the Phone Rang』セルビア、"受話器を置いたとき私は独りだった"

大傑作。Iva Radivojević長編一作目。ユーゴスラビア内戦によって国外へ逃れた子供たちが大人になって故郷に戻り映画を作るというトレンドは以前紹介した通りだが、その多くが自らのアイデンティティの所在を探る作品だったことを鑑みると、本作品もその自己セラピー的な側面は変わらずとも手法としてはそこからは外れている。物語は1990年代初頭のセルビアのある街を舞台に、11歳の少女ラナの家に様々な人から掛かってくる電話を中心に置き、体系化されていない散発的な記憶の集合体を、"金曜

アニー・ベイカー『Janet Planet』マサチューセッツの田舎町で過ごした静かな夏

アニー・ベイカー長編一作目。一昔前が舞台のフィルムで撮影された子供視点のA24配給映画ということで、観る前は勝手に『aftersun』と似たものだと思っていたが、確かに被る部分も多くあったが根本的には異なる作品だった(当たり前か)。1991年夏、11歳のレイシーは鍼灸師の母親ジャネットと共にマサチューセッツの田舎町に暮らしていた。友人を上手く作れない孤独な時間を過ごすレイシーは母親が唯一の味方と思っているが、母親の傍には男女問わず常に別の人間がいるので、あの手この手で母親の関

Saulė Bliuvaitė『Toxic』リトアニア、少女たちを取り囲む"有害な"価値観たち

2024年ロカルノ映画祭コンペ部門選出作品、金豹賞受賞作品。Saulė Bliuvaitė長編一作目。冒頭から強烈だ。母親に捨てられ、殺伐とした工業都市で祖母と二人で暮らす13歳のマリアは、足が悪いため歩く際に片足を軽く引き摺ることから除け者にされてきた。そんな彼女がプールでジーンズを盗られたと更衣室で怒るシーンから映画は始まる。ロッカーより少し高めに設置されたカメラが寄る辺なき孤独を感じるマリアを小さく映し出す。作中では接写か高い視点から見渡すショットが多く、ある意味で前者

Olga Korotko『Crickets, It's Your Turn』カザフスタンの"プロミシング・ヤング・ウーマン"…?

Olga Korotko長編二作目。ダルジャン・オミルバエフの生徒だった彼女は2013年に『Reverence』という短編を共同で製作している(引用元のタルコフスキーらの作品と引用したオミルバエフ作品を並べている作品なので厳密に"撮った"わけではない)。ただ、印象としてはオミルバエフよりもエミール・バイガジンやファルハット・シャリポフといった同世代の作家たちに近い。映画はメレイというカメラマンの女性が、郊外の丘で風景撮影をしていた際にパリピ集団に出くわすところから始まる。その

ラドゥ・ジュデ『Sleep #2』アンディ・ウォーホルへの挑戦

ラドゥ・ジュデは最新ドキュメンタリーを2本、ロカルノ映画祭2024に出品した。本作品はその片割れである。いきなり題名が"#2"となっているのはアンディ・ウォーホルの伝説的実験映画『Sleep』への言及であり、続編の自称である。映画は定点カメラで24時間ライブ中継されているウォーホルが"眠る"墓の映像を繋ぎ合わせて作られており(これが正しいライブ配信切り抜き映画か)、ジュデ自身によってDesktop Filmと自虐的に表現されている。おおよそ撮影した順番で映像が並べられており、