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【読書感想文】流浪の月 / 凪良ゆう

👑2020年本屋大賞 受賞作品!

📚あらすじ(BOOKデータベースより)
あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。わたしを心配するからこそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。それでも文、わたしはあなたのそばにいたい―。再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会ったとき、運命は周囲の人を巻き込みながら疾走を始める。新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。

📚読書感想文
ときに善意はわたしたちを傷つけるし、傷を抉るものにもなる。それが善意であることは理解していても、それに救済されない事実にまた苛まれたりする。エゴでしかないことに、人は気づくことができない。
脆くて、消え入りそうで、もはや消えてしまいたくて、そんな人生を支えるものが善良なものだけとは限らない。
人生において、求めるものは何だ?幸せって何だ?誰が決めることで、それは誰のためのものだ?
「普通じゃない」が受け入れられない現実と、救済を求める歪な対人関係を描いた物語。彼らの関係に何と名前をつけるべきか、さいごまでわからなかった。

(以下、ネタバレを含みます。)

「常識」「正常」「倫理」「正義」わたしたちの生活は、常にそういうものに押し込められている。なにも疑問に思わず、そういうものだと生きてこられればいい。はみ出さずにひっそりと、安寧のうちに死んでいければいい。けれど、そうじゃない人なんていくらでもいる。
更紗も文も、そうじゃない側の人間である。彼らの両親もそう。梨花や、谷や、亮もそう。家庭環境や、性癖や、疾患。普通じゃないとはじきだされても、抗いようがない。
何食わぬ顔で「普通の幸せ」に乗っかった者たちから、それの確認のためにこきおろされる。同情される。糾弾される。俯いて時間のすぎるのを待つしかできない。反骨精神を契機にたたかうこともない。

更紗は、すくなからずストックホルム症候群であったように感じる。
たしかに文は、どうしようもない生きづらさから逃してくれた。やっと翅を伸ばせる場所を与えてくれた。最大の脅威であった孝弘から匿ってくれた。でもそれは、文でなければならなかったのか?もっと然るべき救済があったのではないか?たぶんあったはずだ。
理由はどうあれ、文が更紗の闇に付入ったことにはまちがいない。

ここまでで終われば、過去に毒された不幸な女の物語で終わる。

終盤に明らかになる、文の疾患。文もまた、更紗に執着していた。彼にとっても、更紗とその過去が救済だったことがわかる。
「"大人なのに"ちいさな女の子に性愛を感じる男」をロリコンという。ロリコンはつまり大人の男なのである。誘拐犯になることで、ロリコンになることで、アタリのトネリコになろうとした。更紗は文を"社会的に"大人の男にした。ずいぶん歪ではあるものの。
教科書通りの家庭で、教科書通りの生活で、イレギュラーな身体は手に余ったに違いない。引っこ抜かれて棄てられるかもしれない。そんなことに怯えなければならないのだから、彼の家庭もなかなかに異常だ。
序盤に、更紗が気を利かせて陽に当てたトネリコを、文が部屋の隅に直してしまう描写がある。これがひとつの伏線だったなんて!ほんとうに驚いた。陽を浴びるトネリコを見て、文はぞっとしたにちがいない。

型に嵌まった"普通の"人生を送る者が、奔放に生きる者に出会い、感化されていく小説は山ほどある。奔放に生きると腹を括るまでの計り知れない苦悩と孤独も描かれている。
正反対の人間たちの織りなす化学反応が劇的でおもしろいし、どちらかに自身を重ねる読者も多いだろう。
しかし本書「流浪の月」は、不幸な女と不幸な男が互いに依存しあって共鳴するようすが描かれた小説である。腹を括るのではなく、受け入れるのでもなく、打ちのめされているふたり。思い切ったなと感じた。彼らは一生を掛けた神経衰弱みたいに、歪なこころの欠落を埋めるもう片割れをさがしている。デジタルタトゥーによって、その結びつきはより強固なものになる。なんと皮肉なことだろうか。現代文明の扱い方も秀逸である。
それでも暗いだけの湿った小説になっていないのは、更紗や梨花の人柄と、巧みな書き口によるものだろう。
彼らの行く末が気になるあまり、一気に読んでしまった。きっとこれはハッピーエンドだと思う。

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