人類と鉄の邂逅「アイアン・ロード」を追う—愛媛大・村上教授が講演 武夫原会大同窓会で
6年ぶりの開催となる熊本大武夫原会(文・法学部の同窓会)の大同窓会が11月4日、熊大で開催された。同窓会では愛媛大・村上恭通教授(同大アジア古代産業考古学研究センター長)が「人類・鉄の邂逅から‘’たたら”まで-ユーラシアのアイアン・ロードを追跡する-」と題して講演。
村上氏は文学部86年卒、考古学を専攻し、ユーラシア・東北アジアの古代鉄器研究では第一人者として知られる。40年近い研究歴を持つ考古学界のベテランながら、最近のモンゴルでの調査は「学生のような新鮮な感覚で掘った」と振り返り、考古学という学問について「(歴史を)つなぐことができることへのよろこび」と表現し、今後の研究についても「(やりたいことが多くあるが)時間が足りない」と苦笑するほど。今回の公演でも最新の調査状況について詳細に説明し、OBOGの他、熱心にメモを取る学生や中・高生の姿も見られた。
一般に製鉄の始まりは紀元前2000年代後葉とされているが、村上氏は「製鉄の開始は(それに先行した)銅製錬と関連付けた説明が必要」と指摘する。人類と鉄との「出会い」はさらに古く、紀元前3000年ごろにはエジプトで隕鉄(宇宙から持たされた自然鉄)を加工したものが出土しており、これは中近東が銅製錬が行われるようになってから2000年ほどが経過している。しかし、この最古の隕鉄加工品には、既存の銅製錬(青銅器文化)の技術は利用されてないという。
エジプト・中近東のみならず、ヤムナヤ文化(ヴォルガ川流域。現在のロシア・ウクライナ)でも青銅器に混じって隕鉄製鉄器が出土しているが、「いずれも隕鉄は自力で生産できない以上、宝物としての稀少価値が重視されている。しかも、現在の技術では加工品としては復元困難なほどの軟鉄であり、紀元前1300年ごろに至っても鉄器としての実用性は重視されていなかった」と村上氏は指摘する。そのため、銅製錬の副産物として生まれた青銅器時代の鉄器は銅・金の次に登場した金属でありつつ、その稀少性が当時の社会的意味を構成していたという。
ただ、村上氏は同時に「青銅器時代だから鉄の生産が行われなかった、とするべきではない」と指摘する。技術的に困難さを抱えていても、青銅器全盛期においても副産物としてではなく「鉄のみ」の製錬が試みられていたことから、新石器時代における銅製錬の試み、青銅器時代の鉄製錬の模索と努力を無視するべきではない、という考えだ。
これまでの研究では古代アナトリアで栄えたヒッタイトの滅亡により、紀元前1200年ごろにその鉄技術が拡散、鉄器時代を迎えたとの説が有力だ。しかし、村上氏は「ヒッタイトの鉄独占論は文献史学研究が先行し、考古学的には全く証明されていない」と指摘する。むしろ、中近東各地の技術が相互に影響を与えたのではないか、と提起する。東アジアへの製鉄技術の「東伝」は紀元前13世紀ごろであり、殷代後期にカザフスタン経由で黄河上流域に搬入されたのではないか、と推測している。
そしてスキタイ時代後期(紀元前4~3世紀)に黒海北岸(ウクライナ)から東(アルタイ・カザフスタン・モンゴル)に向けて新たな製鉄技術が伝来。村上氏はソ連時代後期の先駆的研究を再検証する形で、アルタイ地方やトゥヴァ共和国における実際の発掘調査により、トンネル構造の製鉄炉ユニットが実際に稼働し製鉄できる能力を有していたことを証明することができたという。「既存の研究では騎馬民族は鉄を生産できず略奪するだけだとされていたが、実際に生産する能力があった。馬は戦闘用だけでなく、鉄鉱山から鉱石を運搬するための開発にも重要な存在だった」として、遊牧民の生産能力に加え、技術伝播の速度に対する影響について述べた。
日本への製鉄技術の伝来は6世紀後半(古墳時代後期)となる。製鉄技術は大陸から伝播したもので、既存の研究では朝鮮半島からの渡来人によりもたらされたとされてきた。しかし、村上氏はこれに対し疑問を呈する。備前・備中に生まれ次第に中国地方各地に拡散していった製鉄炉の構造・技術は中国大陸や朝鮮半島のそれとは異なる、という。つまり、送風孔の構造などから、渡来技術をそのまま移植したものではなく、吉備(備中)で確立していた鍛治技術と朝鮮半島の技術が融合して独自に成立したものだというのだ。純粋渡来技術ではなく独自に発展した技術が良質な鋼を生産することにつながったという。
村上氏は人類と鉄との関係について、「いわゆる『鉄は国家なり』といった教条性は考古資料の解釈にも反映されてきた」としつつ、発掘された製鉄関連の遺跡・遺構・遺物や実際の鉄製品を実地調査することにより、人間と鉄の関係史の新たな地平が見えてきた」と述べる。そして考古学研究のあり方について、「(正しく認識した上での)一次資料の吟味(する力)こそ、最重要」である、と締めくくり、参加者からの大きな拍手を受けた。
(2024年11月4日)
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