オンラインゲームが都市交通を変える!? エージェント・モデル最前線の挑戦
「オンラインゲーム」と聞くと、つい夜更かししてまでやり込んだ学生時代を思い出してしまいます。ですが今回ご紹介する論文は、そのゲームを遊ぶ感覚を研究に転用してしまうという、ちょっとワクワクするお話。
カナダの研究者であるNiko Yiannakoulias, Michel Grignon, Tara Marshallの共著論文「Parameterizing agent-based models using an online game」では、“オンラインゲーム”を使って、都市の歩行者や自転車利用者の行動を分析しようとしています。交通インフラのちょっとした変更が、人々の移動ルートや混雑状況にどう影響するのか――その手掛かりが、この研究にあるかもしれません。
第1章:ゲームでわかる街のリアルな動き?
この研究の発端は、「都市交通のシミュレーションをもっと正確にしたい」という問題意識から始まったようです。人々がどの道を選び、どこで曲がるのか—そうした「行動パターン」をエージェント・ベース・モデル(ABM)というコンピュータシミュレーションで再現しようとしているんですね。
ABMというのは、一人ひとりの人間(エージェント)が持つ好みや行動ルールを設定して、全体の動きをシミュレートする方法。例えば、「歩行者は安全な信号が好き」「自転車利用者はできるだけ最短ルートを選ぶかもしれない」など、ルールを設定してコンピュータ上で動かすことで、渋滞や混雑の予測が可能になります。
でも、問題はそのルール設定に必要なデータ。 「実際の街中で調査をする」となると、お金も時間もかかるし、試したいパターンを都度実験するわけにもいきません。そこで著者たちが目をつけたのがオンラインゲーム。
「ゲームの中で人に選択をさせれば、リアルな行動データが取れるんじゃないか?」というわけです。
第2章:オンラインゲームで実験? その方法とは
著者たちは、2Dのブラウザゲームを開発しました。画面の中には、碁盤の目状になった街並みが登場し、プレイヤーは自分のキャラを歩行者または自転車利用者として操作。目的地に着くまで、交差点をどう進むかを選択しながら移動していきます。
交差点には「信号機」「横断歩道(ゼブラ)」「標識だけ」「何もなし」といったパターンがランダムに設定される。
各交差点を渡るとき、安全度が数値で表れて減っていく仕組み。信号機付きなら安全度の減りが少なく、何もない交差点だと大きく減る……といったルール。
これって、「アンケートをとる」イメージに近いですよね。普通なら「あなたは信号付きと信号なし、どっちを選びますか?」と質問するところを、ゲームで実際に体験させながらデータを取るわけです。しかもゲームだから、単なる質問よりも没入感があるのがポイント。
加えて、プレイヤーごとに交差点パターンが違うので、多様な選択状況が自然と集まる。こうして得られた大量のログデータを集計し、「人がどのタイプの交差点を好むのか」を算出していく、という仕組みです。
第3章:意外なこだわりが見えたゲームの結果
ゲームから得られた大まかな結論は、「やっぱり信号や横断歩道など、安全そうなルートが好まれる」というもの。とくに信号機は人気が高く、「何もない交差点」は敬遠される傾向でした。
もっとも、「そりゃそうだろう」という印象もありますが、面白いのは自転車と歩行者で大きな差がなかったこと。著者いわく、プレイヤーが自転車役と歩行者役にそれほど強く感情移入しなかった可能性もあるそうです。
これ、私もゲームが好きなので想像できるんですが、2Dのシンプルなゲームって気軽さはあるものの、キャラになりきるほどの没入感は得にくいですよね。とはいえ、実験としては十分なサンプルを確保でき、「最短ルートを優先するか」「安全性を重視するか」のバランス感覚が数値化されるのは大きな進歩。ふだんのアンケートじゃ測れないリアルな行動要素が見えてくるわけです。
第4章:先行研究との差別化——“ここまでやるか”のアプローチ
この研究の新しさは、「実験ゲーム」を使って直接ABM(エージェントモデル)のパラメータを設定するという点にあります。従来の交通シミュレーション研究でも、アンケートやGPSデータなどを利用してパラメータを調整することはありますが、「現実にまだ存在しない状況」のデータは取りようがありません。
しかし、ゲームならどんな架空の街でも作れますし、どんな交差点の組み合わせだって再現可能。もし「歩道を全面的に拡張したら?」「信号を増やしたら?」なんてアイデアがあれば、ゲームを通じてあらかじめ人々の反応を仮想実験できる。こうした柔軟性は、今までの方法にはなかった強みですね。
さらに、著者たちのシミュレーション結果によれば、ちょっと信号を追加しただけなのに、全体の歩行者・自転車の流れが意外なところまで変わることが示唆されています。これまで想像しにくかった「局所的な変更が周辺のルート選択に及ぼす影響」が視覚的にわかる点が、非常に興味深いところです。
第5章:結論と今後の可能性——ゲームをもっと社会実験に
総合すると、この研究は「オンラインゲームを活用して、街の交通に関するリアルな選択行動を見える化しよう」という挑戦でした。まだ2Dの簡易ゲームでの試験的な段階ですが、それでも十分に有益なデータが集まり、ABMのパラメータ設定に役立ったといいます。
もちろん、現実世界では天候・時間帯・個人の好みなど多くの要素が絡んでくるので、完全な再現は難しいのが正直なところ。でも研究の方向性として、「ゲームを入り口に多くの人からデータを集める」というのは、今後さらに発展するかもしれません。ゲームのクオリティが上がれば、キャラに感情移入したり、リアルな地図ベースでプレイしたりもできそうですよね。
実社会に目を向けると、街づくりや交通計画にゲームを用いる試みは他にも出始めています。もし将来、スマホで楽しく遊びながら、自分たちの街づくりに参加できるようになったら……なんだかワクワクしませんか?
ゲームの世界が、現実の街を変える日が来るかも、と思うとちょっと楽しみですね。
補足情報
ABM(エージェント・ベース・モデル)
シミュレーションの一種で、各個人(エージェント)に行動ルールを設定して、全体のパターンを再現しようとする手法。渋滞や感染症拡大など、複雑な社会現象の分析によく使われる。
参考文献・著者情報
論文:
"Parameterizing agent-based models using an online game"
Computers, Environment and Urban Systems, Volume 112, September 2024, 102142
著者: Niko Yiannakoulias, Michel Grignon, Tara Marshall
URL (Elsevier)