鳥の目、虫の目、魚の目に次ぐ、とんぼの目を持とうという話
「鳥の目、虫の目、魚の目」という話をご存知でしょうか。
鳥のように、視座を高く持ち上げ、全体を俯瞰するように捉える目。
虫のように、目の前にあるものをしっかりと、つぶさに見ていく目。
魚のように、進む道を考える際に、潮の流れ、文脈を捉える目。
という3つです。
これ、私も日々、仕事を通じて組織の問題解決を行っていく上で、どれも大切な視点だなということを思います。
ただ、その中で、これだけだとどうにもならないなということも少なくないなということを感じていました。
そんな中で、今回、浮かんだのが、今必要なのは「とんぼの目」ではないかという閃きでした。
どういうことかを説明します。
とんぼが複眼を持っているというのは有名な話ですが、一説によると1万から3万程度の単眼が集まった目を持ち、それぞれ違う映像を脳の中で1つの映像として処理し、捉えているということです。
また360度の広角視野を持っているとも言われています。
これが、まさに令和の時代に必要な視点なのではないかということです。
私の仕事は、主に職場の中に入っていき、職場の中にある課題を解決するお手伝いをするわけですが、毎回、いろいろな人の話を聞く度に感じることがあります。
それは、AさんにはAさんの見ている景色や正しさがある中で、同じように、Aさんの上司であるBさんにはBさんの、Aさんの部下であるCさんにはCさんの見ている景色や正しさがあるなということです。
さらに広げていけば、Aさんの所属する部門Dにはその部門の正しさがありますが、上流の部門Eや下流の部門Fには、それぞれの正しさがあったりします。
さらに広げていけば企業の側から見ると、企業の正しさがあるわけですが、株主から見るとまた違った景色が見えてきますし、消費者から見るとこれまた違った景色が見えてきます。
その企業の消費者ではないけれど、その企業の周辺で生活をしている人たちにもその人たちの見ている景色がありますし、まだこの世界に生まれてきていない未来の子供達には、彼らが今後見えていくであろう景色、世界があります。
加えて言えば、人ではなく、地球環境から見たら、それはそれでまた違った景色が見えてくることでしょう。
これらの異なった視点を同時に視野に入れた上で、議論をし、意思決定をしない限りは、良い決定はできないのではないかと、私はここ数年、ずっとそういうことを考えています。
これまでの問題解決の限界
これまでの問題解決の典型的なフレームワークにギャップアプローチというものがあります。
現状と理想のギャップを捉え、ギャップを生み出す要因を分析していきます。WHY,WHYと掘り下げていく中で、真因を捉えます。
その真因を解決するために課題を設定し、解決のための手立てを複数立てながら、最適のアプリーチを取り、実行していきます。
と、ざっくりいうとそういったアプローチになります。
このギャップアプローチの限界については、いろいろなところで指摘されています。
私は、これはこれで全く役に立たないわけではなく、一定の領域ではとても有用だなと思いますが。
一方で、複雑な形で物事がつながり合っている中では、やっぱり十分な成果を生み出すことが難しいなということを感じていました。
そこで、代わりに出てくるものとして、システム思考という考え方が重要視されてきています。
システム思考について説明していくととても長くなるため、ここでは簡単にだけ触れておきます。
物事を分解していき、断片的に捉えるのではなく、物事がつながりあったシステムとして捉え、そのシステムが機能するように働きかけていくというアプローチです。
詳しく知りたい方は、このあたりで書かれているためご参考までに。
そのシステム思考的アプローチを取る際に重要なのが「とんぼの目」になってくるというのが私が今後、広げていきたいコンセプトになります。
自分の目の前に問題が現れたら、人間としての目だけでなく、虫の目と鳥の目を発揮し、より細部まで捉えつつ、同時に全体を俯瞰します。
また全体を捉える際に、高い視座から全体を捉えるだけでなく、関係するステークホルダー1つ1つの立場に入り込むようにして、全てのステークホルダーの立場から見るようにクセづけをしていきます。
ここまで全てダッシュボードに載せた上で、議論をしていくことが重要だし、そうしないことには解決できないのではないかということです。
その際、何が難しいのか?
これ、言うだけならそこまで難しくないなと思うのですが、実際にやるのは本当に難しいなと思います。
以下、難しさのポイントを挙げていきます。
①自分の目以外を持つことの難しさ
私も含めて、多くの人は、虫の目や鳥の目、魚の目以前に、自分の目線でしか見ることができないということが起こるなと感じています。
まず、視点をマクロとミクロに移し、両側を見ていくという空間を広げる作業や、過去から未来に向けて時間を広げ、流れを読むためにはメタ認知スキルが必要になってきます。が、それを得るのは全くもって簡単ではありません。
私は、日々、サウナに入りながら、強制的に視野を行き来しながら事象を捉えるという工夫や習慣づくりをしていますが、それぞれそういった対策が必要になってくるのではないかと思います。
②見えてきたことを伝えることと、受け取ることの難しさ
じゃあ、仮に虫の目に立って、物事に近づいていき見えてきたものがあったり、鳥の目にたって、全体を俯瞰して見えてきたものがあったとしても、それをそのまま伝えると、相手が不愉快になってしまい、受け取れないということが起こったりします。
たとえば、企業都合でビジネスを進めていたということがあった時に、顧客の立場にたってものを見ていくと見えてきたものがあったとしても、「顧客の立場から見ると、こうなのではないでしょうか?」という発言をするのは大事なことですが、それをそのまま受け取れることばかりではありません。
「そうはいっても、云々カンヌン」という言葉が出てきてしまうのではないかと思います。
当然、相手には相手の大切しているものや信念や都合や事情があるわけですから、相手の信念や事情と喧嘩せずに、相手が受け取れるような、相手が乗ってきたくなるような形で伝えていく必要があります。
③見えてきたものを包含して、みんなで進んでいく道を検討し、決めていくことの難しさ。
ここで挙げた2つだけでも相当レベルで難しいのですが、さらに難しいのが、多面的な価値を総合して考えた上で、どこに進むのかを決めていくことの難しさです。
様々な立場から見るほどに、どれもこれもとっても重要なものであることが見えてくるわけですから、それらを全部包含して取り組むアイデアを生み出すというのはこれまで以上に難しさが生まれてきます。
短期ではこれをやって、中長期ではこれをやろうとか。
申し訳ないけれど、これの優先順位は下げざるを得ないんだけれど、でも、見なかったことにしても、のちのち別の形で困ってくるので、この困りごとに対しては、この人たちの力も借りていこうとか、この人たちにはこう声をかえていくことで対応しようとか。
そういった手立てを一緒に考えていく必要があります。
その際に重要なのが、それぞれの目を持つだけでなく、それぞれのステークホルダーで一緒になって課題解決に向けて取り組んでいくということでしょう。
とんぼの場合、空も飛べる虫ということで、虫の性質ももちつつ、鳥の性質も持つという性質があります。
それもあり、私がここで言う「とんぼの目」には、虫の目を持つ人、鳥の目を持つ人などの他者それぞれとのコミュニケーションを円滑に行う視点という意味も加えています。
また、とんぼは時に群れで行動するように複数のとんぼが連携をとりながら一緒に前に向かっていくというイメージからも、とんぼの目というのは良い旗印になるのではないかと感じました。
ぜひ今後、若手社員などに研修をする際には「3つの目に加えて、複眼的にいろいろな立場の人の視野を持つ目=とんぼの目も持つことが大事だよ」という形でお伝えいただけると私はとっても嬉しく思います。
ということで、今日も素晴らしい学びの機会をどうもありがとうございました。