【ショートショート】ヒカリ
気がつけば夜が明けていた。
カーテンから漏れる光に、汗だくになった彼が照らされて、キラキラしている。
あまりにも美しかったので、光を取り込むように、彼の額にキスをした。
「悔しいんだ。世に出ている天才たちは、みんな幼少期に苦労している。苦労した奴はその後、例外なく輝くんだ。そういう風に作られているんだろう。どう頑張ったって、普通に幸せに育ってきた僕みたいなやつは勝てないんだよ。だから僕は、平凡な人間でもやれるんだって、みせつけてやりたい。絶対に」
なんて馬鹿な人、と思った。普通は、平凡に生きることが許されなかった人間が、負けてたまるかと考えるのに対し、この人は、苦労を自ら買おうとしている。
苦労など、買おうと思っても買えぬものであるのに。
彼はベッドから起き上がり、リビングのソファーに座り直した。ワンルームの彼の部屋は、とても自然派で、中央に大きな観葉植物が置いてあり、その真下に優しい茶色いレザー調のソファーが置いてある。私はこのセンスがとても気に入っていた。
目の前においてある木製のローテーブルの上には、彼のお気に入りの写真集が数冊置いてあり、彼はそのなかの一冊を、意味もなくパラパラとめくりはじめる。
「素敵ね、絵のようだわ」
「こういうのが撮りたいんだよ。写真だけど、写真に見えないでしょう。普段見ることのない光の屈折」
「でも難しそう」
「君でも簡単に撮れるよ。例えば———」
彼は立ち上がってキッチンに行き、昨夜飲み干した500mlのペットボトルのラベルを外し、そこに半分ほどの水を入れて戻ってきた。
「これを振ると泡が出るだろう?それを、窓の光に当てて、iPhoneのLive Photosをオンにして写真を撮る。そして、編集で長時間露光を選択。どう?きれいだろ」
聞いたそれは、iPhoneを全く使いこなせていない私には難しくて、右眉がピクッと動いた。私の不快サインを彼は無視して、私にペットボトルとiPhoneを手渡してきたので、しぶしぶやってみると、思っていたよりもすごく簡単で、その写真には、今までに見たことのない、幻想的な光の世界が映し出されていた。
「きれい……」
「ただのゴミも、見る人によっては宝石になるんだ」
そう言う彼の目は眩しくて、この光も写真に収めることは可能なのか、とても気になったけれど、私は目の前の光にただただ見惚れるしかできずにいる。