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花壇の果てにみる静かな狂乱。

蛙の喝采が聴こえた。

それは、私の耳を滑走し脳幹へ直接響いた。脳幹は言語野よりも耳に近く、脳みその中枢にあるから言葉で腑落ちしたというよりも、身体的感覚で察知した。だから、予兆に言葉は存在しない。


ただ、「雨が降る」とコンマの速さでこの体へ降ってきて、言葉よりも切実に伝った。すぐに渇水に呻る私へ沁みわたる。

それは、庭の花壇にもしんしんと伝播した様子で、冷たい風が吹いて雨の告知を滞りなくすませた。それぞれの鉢に植る花と、どこから来たのか分からない野草や野花も、ちりちりとゆれている。


それらが、私となんら変わりのない姿で、「雨降るってさ。よかったね。」と言葉にすればそういうかんじで、眺めた。

すると、ついある日のできごとが脳みそへ落ちてきた。

「水やりがめんどい。」と、自らが切望し鉢へ植えた花たちに対しても、この人はこういう人なのだ、と半ば妥協の狂気をむりやり腑へ落としたつもりが、実は鳩尾で引っかかり宙ぶらりんで息をしていたようだ。


現状はすでに手遅れで、この人と馬が合わないどころではすまないところまで来た私は、しらんぷりをした。もうぷりのぷりで、聴こえていない、知らぬ存ぜぬたぬきのお腹ぽんぽこりん、というかんじ。


その瞬間に涸れていたはずの哀しみがフツとこぼれそうになった。それは、涸れてなくなったはずだったのに、かたちそのままで冷凍されていたのだ。不意の熱源で解凍されたそれを必死で堪えた。


この人は相手が泣けば自らの勝ちだ、と確信しているタチだ。誰に対しても否定することで自我を保ち、他人の粗探しに余念がない。誰も頼んでいないのに荒野の真ん中で身構え、その手と足は鍛え抜かれ、硬い皮は凶器となっている。

(なんでやねん!え!?あたし闘う気ぃないし!いやいやいやいや、あたし見てみ!?Tシャツやんジーンズやんビーサンやんカジュアルやん財布持ってちょっとそこまでスタイルやん。ほんであたしの体よう見てみて。血汐をやわらかい肉で包んでるだけやねん。たとえるならサランラップで包んでる551の焼売と同じやねん。だから、がちがちの熱々ちんちんの人と闘えませんて。そんなん自分、全身凶器ですやん。鏡で見てみって?もう、ラオウやん。背後に黒王おるやん。天にふっとい拳突きだすやん。光のスポットライト浴びるやん。ほんで「わが生涯に一片の悔いなし!!」言うやん。かなんでえええ。そんな唐突に。殺生なあああ。)

その人は常にそんなイメージでいる。いつも戦闘体勢なのだ。


話を戻すと、特技は否定であるその人の前で私は決して泣かないと血判しているから、代償行為でやわらかいくちびるを噛んだ。すでに儀式的になったくちびる噛みのせいか、最近リップクリームの減りがやたらはやい。


そんなこんなの筑前煮だから、私はこの雨がうれしかった。雨はぜんぶを流して土に還してくれそうな気がするから、好きだ。


蛙も花壇も私も、果てだと思っていた辺りへ到着すると静かに狂乱した。


どきどき、わくわく、混ざる気配。


雨はまだ降らないけれど、空に漂う希望がこの身に降ることを待ち望んでいる。



短歌



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