北枕静太郎

北枕静太郎

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廃業後

下記の転載発信の後で、酔った勢いで勉書+その後の章の全てを削除してしまいました。 せいせいしましたよ、すがすがしい気分だ。 が、共有案件の会合での窓を開けっぱの車の盗難抑止監視人員の配置等、うちへの配慮を見せていたり、なによりも共有案件などこれからも関与するのでなければ、裕子家にはぜんぜん関係のない話です。 という事は、もう死ぬまでストーキングする腹積もりでいると分かるわけです。 新たに廃業の経緯と廃業後の初期の出来事などを記していきたい。 10月9日 なんか準備中に電磁波

    • その後2

      ここで再びTwitter発信の転載をご覧ください。 以後、Twitter発信の転載形式で話を続けて行きたいと思います。 いろいろ説明が面倒な事案が多くて、一つの流れにまとめるのが困難なんですね。 まとまりを失ってもいいから一つ一つの事象に対して書いてゆき、読み手の頭の中で統合されたストーリーとして完成させてもらえる事を期待します。 7月11日 昨日、会合に出て、その夜にまた眠らされてしまい、その後朝7時半まで電磁波攻撃で眠れないようにされて、倒れてしまい休業させられました。

      • その後

        7月1日 しかし、貴女一家に関わると壮絶な展開が繰り広げられる。 社会と世界の仕組みを見る事が出来たのは感謝すべきなのか、どうなんですかね。 映画マトリックスの現実の過酷さから、幻影を見せられている方が幸せだという反徒の話みたいな感じですね。 何も知らずに死んでゆく方が幸せなのか? 7月1日 やはり、本当の世界の真相を垣間見た方が価値のある人生なのか? まあ、どっか超田舎で凄まじい土地を代々相続して受け継いでいる何も知らない大金持ちよりも、価値のある人生なのだと気休めでも信

        • 勉氏への書簡2023 (地涌)・7

          勝利の章から続き、追記注釈を加えて行きます。 真最終章の243ページを開いてください。本文 梯子を外された私と、貴方一家との交渉に失敗したN氏にとっては、この最終決戦後の戦いは、あまり意味をなさない消化試合的なものと捉えるしかなくなってゆきました。 年齢的に裕子女史が来北をしたとしても非常に厳しい現実が待っているのが容易に予想されたし、何よりも一番の功績である折伏を成功させても叶えられなかった来北を、その後どうすれば叶えられるのか誰にも分からない状態になった。 梯子を

          勉氏への書簡2023 (勝利)・6

          では、いよいよおさらいをしてゆきましょう。 各編の転載部分を本文で表記して区切り線を引いて、下にその部分の追記注釈を解説として書いてゆきます。 ※必ず、原文を読んでから追記注釈部分を読むようにしてください。 前編、冒頭を開いてください。 本文 8年前、〇ムウェイ勢や同級生勢と飲みに行ったり、色々頼み込んでさんざん金を使い間に入ってくれる人を探してました。 全員が知らぬ存ぜぬで通してきて(会員であるメンツも判明していたのに)どうにもなりませんでした。 貴女一家がそう対応す

          勉氏への書簡2023 (勝利)・6

          勉氏への書簡2023 (誓願)・5

          N氏が危篤状態になっているとH氏より亡くなる前日の夜に連絡が来ました。 ひと月前に地元病院に見舞いに行った時に、排尿が難しいので管を付けられていたんですが、当然布団で体を覆っているんで私は点滴の管なんだろうと勘違いしていました。 しばらく話していると目の前にある管がだんだん赤茶けてくるのを見て、なんか血が逆流してんじゃないですかと言うとホントだ看護師さん呼ばなきゃとなり、じゃあすぐまた見舞いに来ますねとその日は帰りました。 その日の時点でも、まあ癌は癌だが、裕子女史に頼ま

          勉氏への書簡2023 (誓願)・5

          勉氏への書簡2022 (真最終章)・4

          2020年7月、私は交通事故に遭い、瀕死の重傷を負っていました。 その年は7月の終わりまで気温が低く、肌寒いくらいの日が続いていました。 長袖のパーカを着ていたんです。 これが運が良かった。 雨天休業したものの、15時ごろに雨があがったんでカブで買い物へ出かけたんです。 環状2号線で新横浜方面へ走っていると、後ろの方から救急車のサイレンが聞こえてきました。 サイドミラーで後方確認すると40キロぐらいのスピードでびっしりと車の流れが出来ていたんですが、サイレンが聞こえた順に脇へ

          勉氏への書簡2022 (真最終章)・4

          勉氏への書簡2022 (最終章)・3

          2020年9月、私はN氏の2度目の墓参りに静岡県富士宮市に有る組織系の墓園を再び訪れていました。 時間に追われた前回の轍を踏まないようにと、入念に下調べをしてから出発したんで、新富士ICを降りてから異世界入りをするようなことも無く、すんなり墓園に到着しました。 この時も曇りですぐそばにそびえ立って見えるであろう富士山が一切見えませんでした。 残念に思って後で墓園から富士が見えている写真を探しましたが、どうも合成くさいものばかりで、実はいつも曇っていて見えない場所なんじゃないか

          勉氏への書簡2022 (最終章)・3

          勉氏への書簡2022 (後編)・2

          2019年9月、私は前年末に霊山に旅立ったN氏の墓参りに静岡県富士宮市に有る組織系の墓園に来ていました。 横浜町田から新富士ICまで東名に乗ってバイクで2時間半ぐらいかかりましたね。 お墓に供えるしきみを買うために待合所と売店、資料館を兼ねた大きな建物に入りました。 9月の平日となると完全にオフシーズンで、広大な敷地に墓参りに来る人は数えるほどでした。  建物の中にいるのは私と売店の店員のおばはん2人の3人だけでした。 おしきみを買うと荷物になるんで、先に資料館を見学しまし

          勉氏への書簡2022 (後編)・2

          勉氏への書簡2022 (前編)・1

          2021年末 今日は嫌がらせされながら、勉氏への書簡4・5を読んでいました。 長くてすごい時間がかかりますね。 貴女一家しか、読まないでしょう。 前回の勉氏への発信がひと月以上前なのにびっくりしましたよ。  貴女ほんとに嫌がらせで自滅するんですね…。 前回、なぜ同級生勢や所属区の関係者が関わっているの分っているのに、そこに頼みにいかないのか?という所で終わっています。 8年前、〇ムウェイ勢や同級生勢と飲みに行ったり、色々頼み込んでさんざん金を使い間に入ってくれる人を探してま

          勉氏への書簡2022 (前編)・1

          勉氏への書簡0

          検索して調べると、もう21年前も話の話になってしまうようです。 21年前、京急本線の電車に揺られていました。 その頃は父が癌で入院していた頃なんで、京急のどこかの駅から下りの電車に乗って病院へ見舞いに行く途中だったのだと思います。午後の2時前ぐらいだったと記憶しているんですが、電車に乗って長いベンチ椅子の端に座ったんです。真ん前のベンチの端にずんぐりした若い男が座っていて、すぐ斜め前のドア前に女子高生2人組が立って吊革に掴まって談笑していました。雨が降っていたんで、皆傘を持

          勉氏への書簡0

          勉氏への書簡5

          北枕 静太郎 @kitamakura44 2021年9月23日 今日は1時間しか寝てない上に朝から殺人光線的な強烈な痛みがでる機器を使われ、大変だったんですが、起床の携帯アラームが鳴った後だったんで、裕子女史が来てやらかしていて、それでも仕事に行けと言っているのだろうと鉛のように重かったという体を引きずって出勤しました。 貴女、近くに住んでんな 0 0 Twitterで表示 北枕 静太郎 @kitamakura44 2021年9月23日 勉氏への続き 当時の癌宣告はそんなも

          勉氏への書簡5

          勉氏への書簡 4

          50女の矜持続報 この害基地午前6時半まで来て、まだ内臓破壊系照射し続けてますよ…。 こういうパターンは初めてだな。 裕子女史か?そこまでアホではないし、〇〇波はやめて無言電話とか掛けてくるはずだ。 ここに来て最凶最悪の敵が現れたみたいですよ。 0 0 Twitterで表示 北枕 静太郎 @kitamakura44 2021年1月29日 おそらくは貴女が色々な発信を受けて、来北へ動く兆候を見せたためと前向きに思います。 それを是が非でも潰そうとしている。 貴女、最後の敵が現

          勉氏への書簡 4

          勉氏への書簡 3

          魔法のランプの使用制限貴女、嫌がらせについてはプラス面に対応する処置だと教え込まれてそうですが、よーく考えてみて下さい。 周りの同志の中で貴女の様にこの組織機能を私事に利用している人いますか?確かにいるにはいますよね。私も実は目撃した事あるんです。過去の新聞記事とかにも出ては来るんです。その貴女以外の 0 0 Twitterで表示 北枕 静太郎 @kitamakura44 2020年11月5日 機能利用者ってそのカードを切って、その後どうしていますか?あまりぱっとした存在に

          勉氏への書簡 3

          勉氏への書簡 2

          複雑な家庭の因習北枕静太郎 2021/05/27 02:13 まずは自滅までの貴重な時間の浪費。貴女今、私の発信で老ミュン心を刺激され、周りへ見せつける為に興奮しながら嫌がらせ指示を恍惚の表情で連発していそうですが、貴女に残された正しい選択は素直にうちに来ることその一択です。周りへの体裁なんか幻想です。皆、貴女に興味無いから目を覚まして。 0 0 Twitterで表示 北枕 静太郎 @kitamakura44 2019年12月7日 次は経済的損失。私はいくつかの金銭の動く

          勉氏への書簡 2

          勉氏への書簡 1

          N氏旅立つ 項羽が斉の反乱制圧に向かった隙を見て、劉邦と諸侯連合軍56万は、楚の都である彭城を攻め落とした。 それを知った項羽は激怒し、すぐさま斉と停戦協定を結び、3万の精鋭部隊で彭城へ駆け戻る。守りの手薄な険路から攻め、寡兵で城を奪還した。この戦闘で死んだ漢・諸侯連合軍兵は20万にのぼった。 https://t.co/QIx1psGtiy 北枕 静太郎 @kitamakura44 2018年1月31日 彭城からの敗走の際、劉邦は息子の劉盈(恵帝)と娘の魯元公主と共に逃げ

          勉氏への書簡 1