あのときの少女はいったい何だったのか
やや怖い話。いや、全然怖くないかもしれない。
ずーっとずーっと前のことだ、僕が小学校2年生くらいの頃の話。
年齢は実を言うとあんまり覚えていない。もしかすると幼稚園を卒業したようなくらいの年齢かもしれない。
そのあたりが曖昧だということは、あんまり信憑性がないがご勘弁いただこう。
とにかく記憶は曖昧なのである。
こどもの頃はなんともなく過ごしていたのだが、今考えるとちょっとだけぞくっときたので、思い出してみよう。
はじまりはじまり。
小学生の頃は2歳とか3歳離れていても何の気なしに一緒に遊んだり、グループを作って自転車に乗りまくったりするものだ。
僕は2、3歳年上の友達とよく遊んでいて、その日も近所の友人がいくらか僕の家に遊びに来ていた。
決まって遊ぶと言えばテレビゲームかミニ四駆くらいで、自分の家にミニ四駆のコースがある家はなかなか無くて、ある意味では僕の家がみんなのたまり場みたいな感じになっていた。(ミニ四駆ってところが時代を感じるね)
ひとしきり家の中でいろいろ遊んだら、学校の校庭で遊ぼうという話になり、歩いて向かうことにしたのだ。
僕の家は学校がすごく近くて、おそらく100メートルもないくらいのところに家があり、そういう理由もあってか家だの学校の校庭だのと遊べるところが近くにあって、みんなの拠点みたいな感覚だったのだと思う。
ま、それはどうでもいいとして。
学校への道は一直線で、道路をまっすぐ歩けばなんてことない、迷わずに学校にたどり着く。
歩いて学校に行く途中、というかほぼ家のすぐ隣に幼稚園があるのだ。ど田舎なので、その地域一帯のこども達はみんなそこの幼稚園に通っていた。僕らももちろんそう。そこの卒園者だ。
学校に行くまでにはその幼稚園の前を必ず通るわけで、こどもからするとわりと大きな高いフェンスに囲まれている幼稚園で嫌でもその中が目に入る。その前を僕らはとぼとぼと歩いていた。
と、今日は休園日のはずなんだが、誰かが砂場で遊んでいるのが見えた。
服装もはっきりとは覚えていないのだけど、おそらくは女の子。ひとりきりで砂場の砂をいじくっている。
誰かが女の子に声をかけた。(や、やめとけよ)
女の子がそれに反応して振り向く。
女の子は「あーーん」と口を“あんぐり開けたまま”で、こちらを見てきた。
どうしたんだろうか?
おそらく、そこにいたみんなが謎に思ったと思うのだが、その口がどうやら“閉じられない”のだと思う。ずっと口を大きくあーーんと開けたままなのだ。
その中のひとりがその“口のこと”について言及しだした。これもはっきりとは覚えていないが、「とじることができないのか?」ということを言ったと思う。
すると女の子は急に怒ったように砂場の砂を握って投げてきたりしたのだ。
もちろん口は開けたままなので「アー!アー!」という感じだ。
そんなことをしだしたら、やんちゃなガキどもは調子に乗ってしまう。
高いフェンスもあるし仲間もいるから余計に調子に乗って、「やーいやーい!」とまるで浦島太郎の亀さんをいじめていたクソガキみたいな、あんな状況だ。
「アー!アー!アー!」と砂を投げてくる女の子を煽るようにして何かを言っていたと思う。
その煽りに僕と、その中に一緒にいた兄貴が関与していたかどうかは全く覚えていないのだが、しばらくそうやっておちょくっていた。
そのあとの記憶は無い。
「さっきのやつなんだったんだろう?変なやつだったな」なんて言いながら、学校で遊んでいた。
いくらか日が経って、とある日にテレビのニュースを見ていた。
海での事故の様子が報道されていて女の子が溺れてしまって、亡くなったんだとかだった…。何気なくぼーっと見ていたのだが…。
僕はなんとなーく、嫌な予感がした…。
「亡くなったのは…歳の女の子で…」
ニュースに顔写真が出てくる。最近じゃ顔写真は出てこないと思うが、ひと昔ふた昔前は写真が出てきたりしていたのかな…。
「あっ。」
僕は気づいた。あの時の女の子だ…。
閉じない口の中に水が入って溺れてしまったんだと、そう瞬時に思った。
口が閉じないくらいで溺れるのか?というところなのだが、口が閉じられるひとよりも口に水が入りやすいなら当然溺れるだろう。
少なくとも僕らは「んっ」と口を閉じることによって口に水が入らないようにしているし、口を大きく開けていると口に入った水を勢いよくブハッと排出できない。つまりは呼吸がしにくい状況になる。
鼻からできるじゃないか?いや、鼻から息を出すことはあっても水遊びや水泳をしている時に鼻で呼吸をするとすぐに鼻に入ってしまって鼻が痛くなってしまう。息ができないとすぐにパニック状態になる。パニックになるも呼吸はできない。さらにパニックになる。でも息はできない。…
呼吸をしようとするが口に入った水で口は塞がれ、鼻は痛くなるわで呼吸はできず、なんなら反射的に口の水を飲んでしまって溺れてしまうことは容易に想像ができてしまう。
オトナになってから考えても、口が閉じられない状況で水の中に入ろうとするのは、かなり危険な行為だと言える。
何かこう…あの時あのグループにいた事を、こどもながらにすごく後悔しながらも、そのニュースを兄貴と一緒に見ていた。
やばいな…。と思っていて、なんか嫌な気持ちだった。
そしていくらか年月が流れ、ふいにその事を思い出して兄貴に聞いてみるも「憶えてない」「知らない」と言うばかり。え、なんだよ。覚えてないのか。
同じ場所にいた人間でその話を聞ける唯一の人物だと思ったんだが、そんなふうに言われてしまうと真相は謎のままなのである。
もしかすると自分が見た変な夢なのかもしれないが、やけにリアルな夢ではあったし、もしそれが本当に起こったことで、僕らの記憶から無くなりつつあるものなのだとしたら、なんとも胸糞悪い感じになるのだ。
……だけど夢なんてすぐに忘れてしまうもの、こんなおじさんになってまでも覚えているってところが妙に引っかかる。
今、冷静になって考えると、口を開けたままなんてほとんど生活できるものではない。
食事もそうだし、コミュニケーションも十分にできない、ということになるからだ。口に虫だって入ってくるだろうし。
夢…だったんだろうか、それとも…本当に存在した女の子だったのであろうか…。
謎に思ったまま頭の片隅にあって“もうすぐ夏になる”というこの季節になると、そのことをいつも思い出すのである。じんわりとつらい。
不思議な話もあるが、ちゃんと現実を見て元気出そうよ。
現実に集中しよう、これからの僕は。
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