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「正義」の押し付けはこわい~ドラえもんの秘密道具「正義のパトカー」が示すものと 青島俊作の言葉から 

 子供のころの冬休みの楽しみの一つが、ドラえもんのテレビ放送でした。
 よく映画やスペシャル版が放送され、朝から早く夜にならないかなあとワクワクしながら待っていたことを昨日の事のように覚えています。
 
 原作者が亡くなっても、作品のコンセプトがはっきりしているおかげか、ずっとアニメは続いています。今まで数多くの秘密道具が出てきましたが、私の印象に残っている道具の一つが次のものです。
 
 
 「悪事」を見つけると、すぐに自動的に駆けつけ、パトカーから出てきた警棒で、「悪者」をぽかぽかとたたいて成敗。

その名も「正義のパトカー」
はじめは、乱暴者のジャイアンから守ってくれて一件落着と思いきや、その後がなんとも怖かったです。
 
「10円玉を拾っても交番に届けなかった」
「ただいまと言わなかった」
「宿題を終わったと嘘をついた」
「四葉のクローバーを見つけて抜いた」
 
ことでも、にゅーっと出てきた警棒で頭をたたかれます。
 
乱暴を働いた人を懲らしめるということは理解できても、四葉のクローバーを抜いただけで、頭を叩かれるあたりになってくると???
 
これって、正義?
叩く(暴力)って正義?
 
 そして、つきつめていくと、いい事、悪い事って誰が決めているの?と疑問もわきました。
 話は、こんな道具はこりごりで、のび太君が「もう、しまっておこうよ」と言っても、ドラえもんから衝撃的一言!
 
「一度出したら、しまえないんだよ」
 
 町中の人達が、いつ「正義のパトカーがあらわれるのか」「自分が攻撃されるのか」ひやひや、どきどき、不安と怯えの中で暮らすことになりました。
 
ここまでできて、考えさせられました。
 
 一見すると、ジャイアンをやっつけてくれて、弱いものの味方のように見えました。でも、やり方が「暴力あるのみ」。しかも、相手の事情などもお構いなしで、融通はききません。
 

自分(正義のパトカー)の価値観が正しいという前提で、相手をこらしめよう、かえていこうとするところに、「正義」のこわさを見た思いがしました。

 そして、現実世界で考えると「正義」の立場同士がけんかすると、終わりの見えない戦争に突入するところがなお怖いところです
 自分が「正義」(相手が「悪」)だと思っているから容赦がなくなります。暴力(武器)を使ってでも、相手が降参、自分が悪かったと認めるまで戦い続けます。

 そこが一番恐ろしいです。
 
 また、普段の生活でも、ちょっとした失敗や嘘、マナー違反で厳しく罰せられるようになったら、息苦しくなります。誰だって、故意ではない失敗はあります。
 でも「正義のパトカー」には寛容さがありませんでした。
 だから、みんな怯えて生活するようになってしまうし、結局、「自由」や「快適さ」も失ってしまいました。

 こういうのが、「正義の暴走」なんだろうなと思えた作品(話)でした。
 
 放送では、最後に「正義のパトカー」を見て逃げ出したジャイアンが、電柱の上から滑り落ち、おしりで押しつぶしてしまいました。
 一度、出したら戻らない「正義のパトカー」は、こうしていなくなりました。
 ドラえもんたちが、ジャイアンに駆け寄って言った言葉が印象に残りました。
 
「(ジャイアンは)正義の味方だ!」
 
 あれだけ、ジャイアンを「悪」の側と見ていたのに・・・。(実際、いじめたり、乱暴をしたりして、そういう部分はありましたが・・・・)
 
 自分がどんな基準で正義と言っているのか・・・。
 見方を変えると誰でもが、状況によっては悪者にも正義の味方にもなります。
 そして、寛容さを失うと相手に厳しくなり、自分も息苦しくなってきます。

 
 ある意味、「ゆるす」「ゆるめる」力があってこその正義。
 そして、相手へのリスペクトも必要。

 そんなことを思っていたら、先日、録画しておいて見た映画「踊る大捜査線(4) THE FINAL 新たなる希望」で、青島俊作が、自分の正義を振りかざし、犯行へ至った(そうなった経緯には共感できる部分もなくはありませんでしたが)、鳥飼刑事に言った言葉が思い出されました。 

正義なんてのは、胸に秘めとくぐらいがいいんだ。

 自分の考えが正しと信じて疑わず、他人の意見を聞き入れない人の事を「正義中毒」とも言うそうですが、「正義感」を前面に出しすぎることで人間関係がぎくしゃくするのは容易に想像が付きます。
 ある意味、その人の価値観の押しつけになるからです。
 そして、一見、正しい内容、良いアドバイスに聞こえますが、その意見(主張)を取り入れて実行するかどうかは、その人自身(言われた相手自身)になります。
 
 正義感が強い人、正義の押し付けをしてくる人は、ある意味、相手をコントロールしたいのではないかとすら思えます

 そんな、コントロール欲求をおさえるためにも、謙虚に、「胸に秘めとくぐらいがいい」のかもしれません。
 
 
ここまで読んでいただき、ありがとうございます
皆様の心にのこる一言・学びがあれば幸いです