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邪馬台国は見つかっていた【14】末盧国から不弥国は位置関係が重要な手掛かりになる
![](https://assets.st-note.com/img/1690438157278-cLzRRi4vnV.png?width=1200)
おじ:
韓国から対馬、壱岐と海を渡って、ついに九州に上陸したね。ここからは次の4つの国を探していくよ。
① 末盧国
② 伊都国
③ 奴 国
④ 不弥国
狗邪韓国(韓国)
↓ 渡海一千余里
対馬国(対馬)
↓ 渡海一千余里
一支国(壱岐)
↓ 渡海一千余里
①末盧国
↓ 東南 五百里
②伊都国
↓ 東南 百里
③奴 国
↓ 東 百里
④不弥国
↓ 南 水行二十日
投馬国
↓ 南 水行十日 陸行一月
邪馬台国
おじ:
まずは ①末盧国 だ。
レン:
倭人伝によると末盧国は「壱岐から海を渡って千里」と書かれていますね。
又渡一海千餘里 至末盧国
訳:続いて海を一つ千里以上渡ると末盧国に着く
ゆい:
距離は書いてあるけど方角は書かれてないのね。
おじ:
うん。けれど幸いにも壱岐の周囲は海だ。韓国から対馬・壱岐を渡ってきて、進行方向は南方面だろう。そこで、千余里に「1里=50m」の換算率を当てはめると壱岐から50kmの地点になるんだ。
里数換算値(仮)
1里 = 50m
100里 = 5km
1000里 = 50km
ゆい:
つまり壱岐から南方向に50kmの地点を探せばいいのね。
おじ:
換算率は仮の数値なので少し範囲を広げて、壱岐の南端から半径40~60kmに末盧国の候補地を探してみよう。
![](https://assets.st-note.com/img/1690437321532-Sya6W0PwMJ.png)
ゆい:
あらら。これでは範囲が広すぎて探すのは難しそう。
おじ:
ここでヒントになるのが①~④の国々の配列だ。これらの国々は連続していて、各国が次の国への出発地点になっているんだ。
ゆい:
そっか。末盧国は次の伊都国の出発地点で、伊都国はまたその次の奴国への出発地点だから、それらの位置関係が手がかりになるのね。
おじ:
うん。点と点ではなく、繋げた線で候補地を探そうというわけさ。末盧国から不弥国までの配列を図にしてみよう。
![](https://assets.st-note.com/img/1690437399207-tqqc32xrx8.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1690437421196-hKD4dHQQsR.jpg)
ゆい:
このパターンに当てはまる行程を探せばいいのね。
おじ:
さらに詳しい条件を倭人伝から拾って付け足そう。
倭人伝に書かれた条件
①末盧国の北側には海が広がっている
①末盧国の背後には山がある(山裾沿いに人家が建っていると説明がされている)
③奴国の民家の数は2万戸と非常に多いことから、奴国の周辺は平野である
④不弥国の南側には海が広がっている(不弥国から南に船が出航する)
常識的な条件
①末盧国と②伊都国の間は険しい山や山脈がなく当時荷物を持って進むことができた
当時の海岸線は今よりもかなり内陸に入っていた
おじ:
これらの条件を略図に加えてみるよ。
![](https://assets.st-note.com/img/1690437705681-g5433BRQuI.png?width=1200)
ゆい:
だいぶイメージしやすくなったね。
レン:
上の海は玄界灘で、下の海はもしかして……。
おじ:
図21の円弧の中(ピンクの部分)に末盧国を置いて、上の6つの条件を当てはめる。すると、不弥国の南側に広がる海は有明海に限定される。そしてこれらの条件を満たすルートは、いくつもあるように思えて実は次の2つしかないんだ。
![](https://assets.st-note.com/img/1690437784134-1Coaa553AZ.png)
![](https://assets.st-note.com/img/1690437802791-nIaJmydxWu.jpg)
2人:
えーっ!?