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「トラペジウム」高山一実


「堀北。アイドルになりたい、と思ったことあるか?」

 蓮太郎に訊ねられ、明日葉は怪訝な顔で唸った。

「うーん……無い、って言ったら嘘になるのかな。そりゃ小さい頃はあった気がするけど、流石に今はないよ。大変なのも知ってるしね」

「まあ、そうだよな。でも、やっぱ女の子は一度はあるものなのか?」

「まあ、憧れの職業ではあるよね。でも意外だな」

「なにがだ?」

「深山くんもアイドルとか興味あるんだ。本にしか興味ないと思ってた」

「そんなことないから! 俺だって普通の男子高校生だから!」

「紙が綴じられたものにしか興奮できないと思ってた」

「変態扱いすな!」

 ごめんごめん、と適当に応じる明日葉にため息をつきながら、蓮太郎は話を戻した。

「……まあ、確かにアイドルにめちゃ興味ある、ってこともないけどな。ただ、この前、『トラペジウム』って本を読んでな」

「ああ、乃木坂の高山一実が書いてるやつだよね」

 明日葉は素早い反応を示す。『トラペジウム』は、アイドルグループ、乃木坂46の現役メンバー、高山一実が著した小説だ。

「アイドルになるために、東西南北の可愛い女子を集める、って荒唐無稽に聞こえるけど、面白い話だったよね」

「ああ。確かにこのご時世、そのぐらいインパクトがないとアイドルとして頭角を表せないんだろうな」

 主人公の東ゆうは、その地域の東西南北に位置する別の学校へ出向いて、魅力的な女子高生を集める。そして彼女らと親交を深めながら、着々とアイドルとしてデビューする機会を狙っていくのだ。

「オーディションを受けたり、アイドルグループに応募したりするんじゃなくて、自分からアイドルとして持て囃されるチャンスを生み出そうとするっていうね」

「ああ。アイドルになる、っていう夢に、ただ情熱だけがあるんじゃなくて、打算もしっかりある、っていうのが結構俺は響いたな。夢を叶えるのって、ただ盲目的な情熱があっても意味がない。そのためにいろんなことを計算して叶えようとするのが、より本気を感じて、俺は好きになったな」

「情熱と打算の両方が夢を叶えるためにはいる、かぁ……。あたしはね、夢を叶えるために必要なもの、こう思ったよ」

「なんだ?」

「一度、その夢が潰れること」

 明日葉のその言葉に、蓮太郎は目を見開いた。

「夢って、結局は憧れとか、期待とか、自分の都合のいい考えだけで構成されたものでしょう? どれだけそこが厳しい世界だってわかってても、いざ直面したらどうしようもなく落ち込んだり、打ちのめされたりする。それが普通なんだよ」

 アイドルが煌びやかな世界だけで生きていないことは、なんとなくは誰もが分かっていることだ。だが、それでもどこかで、まだ甘い世界を夢見ていることも誰しもの事実だろう。

「きっとほとんどの人は、そこで諦めたり、別の道に進んだりするんだよ。ああ、自分にはここで頑張っていく気力はない。才能が足りないに違いない。……でもさ、そこで諦めたくないって踏ん張った人が、本当の意味で夢を叶えてるんじゃないかな」

「……ああ。俺はさっき、情熱と打算って言ったけど、多分、その打算すら超えて、情熱だけで動く様になった時。それが、夢を叶えられる分岐点なのかもな……」

「あたしも、挫けてからが本番、って思えるように頑張れるようにしたいな」

「……結構、堀北って熱血なタイプ?」

「ふふ、そうかも。でも、あたしが、っていうか、アイドルが熱血なんだよ。で、そのアイドルに、女の子は憧れるものでしょ?」

 ぐっ、と拳を握って冗談めかす明日葉に、蓮太郎はくすりと笑うのだった。

「あ、そういや作中でさ、『スペイン人には『あの』って言わない方がいい』って出てきたけど、あれ、どういう意味かわかった?」

「……深山くん、最低。セクハラ」

「なんで!?」

 気になった方は、各自調べていただきたく……。



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