航西日記(12)
著:渋沢栄一・杉浦譲
訳:大江志乃夫
慶応三年正月二十五日(1867年3月1日)
晴れ。
暑威、いよいよ強く、土用のようである。
赤道が近いからである。
正午ごろ、瀾滄江(メコン川上流)の入り口の燈台下に着く。
夕方四時ごろ、カンボジア河口に入って、上流にさかのぼる。
この間、両岸は緑樹が繁茂し、その根は、水につかり、木々には、尾の長い猿が群れ遊んでいるのが見える。
川幅は、本邦の隅田川くらいである。
往々にして、狭く曲がったところでは、船尾がまわり切れず、一度、逆行して、通りすぎる。
岸に垂れている木々も、手で折る事が出来るほどであるが、水深があると見えて、舟行には、さしつかえがない。
暮れの六時ごろ、サイゴンの港に着いた。
この地は、安南の南端の地方で、川に面しており、仏国領である。
緯度十度十七分で、気候暑熱、地味は肥えており、風俗は、支那に似て、古くさい。
この地に駐在の仏国総督が来て、安着の祝いをのべた。
夜は、星が燦然と輝き、銀河が低く見える。
くさむらでは、虫の声が、秋めいている。
気候が、またたく間に変わって、今さらのように、航行の速さが知られ、旅行者であるとの感が強い。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?