すっぽん侍
先日のお話。
埼玉某所のアパートにトイレ詰まりで臨場した。
到着して直ぐに二十代前半の男性が凄く困った様子で現場に案内してくれた。
整理整頓され、良い匂いのするお洒落な室内。
置かれた小物の一つ一つにまで拘りを感じる。
特に異物を落とした訳でも厚紙を流した訳でも無いという事だったので、「基本料内の薬剤で溶かしてみますか。」と同意とサインを頂いた上で薬品を流し込んで2人で便器を見つめていた。
男性「不動産屋にも連絡入れちゃったんで、もしかしたら不動産屋が料金を立て替えてくれるかもです。」
「領収書の宛名を不動産屋にする事とかも出来ますか?」
菊池「大丈夫ですよ。確認取れたら不動産屋さん宛で書きましょう!」
そんなたわいもない会話をしていると。
我々の前に1人の戦士…。いや侍と言うべきか…。
1人の男が現れた。
バッターーーーンっ!!!!!
我々「!?!?!?」
侍「俺がやる。どけぇい!」
勢いよくドアをぶち開けて颯爽と部屋に飛び込んで来たのは、家庭用のラバーカップ(すっぽん)を刀の様に肩に掛けた80過ぎの侍…。いや。大家さんだった。
不動産屋さんが連絡を入れたらしい。
大家「詰まりってぇのはなぁ。こうやって直すんだぁ!見てろぉ!!!」
菊池「大家さん!すみません!今薬剤を投入してます!」
「後10分程待って頂けないでしょうか!?」
「このまま抜けるケースも十分にありますので!」
大家「やかましい!!どけぇい!俺が抜くぅっ!!!」
菊池「既に薬品を投入しておりますので基本料金が発生してしまってるんです。どうか!あとほんの少しで良いので様子を!!」
大家「構わん!俺が抜く!俺はプロなんだ!!どけぇい!!!」
勢い良くラバーカップをぶん回す大家さん。
そもそもラバーカップなんてどこの便器に突っ込んだかも分からない汚いモノなので狭い廊下でどうにかそれに接触しない様にと逃げ惑うお客様と私。
大家「コレかぁ!!見とけぇ!!!!!」
勢い良く溢れんばかりに便が溜まった便器内にラバーカップを突っ込む!!
バッシャンっっっ!!!!!
個室内に飛び散る汚水。
絶句するお客様。
あまりのカオスな状況にもう驚く事すら出来ない私。
大家さん「うおぉっらぁっー!!」
バッチュン!!バッチュン!!!
バチュ!!バッチュ!!バッチュン!!!!!
ビシャっ!!バッシャーっ!!!!!
…。暫くその様子を黙って。そして少し距離を取って静観していた。
ふと隣を見ると、自分のトイレの個室内に汚水が飛び散りしぶきまくってビッチャビチャになっていく様を放心状態で見詰めるお客様がいた。
何か大切な感情の1つを捨てたような…。
脱力とも諦めとも取れる表情と少し笑んだ口元。
人はこんな時。こんな顔をするのか…。
そんな事を思っていると。
大家「うおぉるぁー!抜けたぞぉ!!見たかぁ!!!!」
勝利の雄叫びと共にラバーカップを勢い良く振り上げた大家さん。
その勢いで壁と天井にも汚水はしぶき、大家さんの顔と頭にも飛び散る。更にはそれまでの激しい作業により服には滴るほどの汚水が付着していた。
満面の笑みでお客様に近寄る大家さん。
大家「ほらぁ!言わんこっちゃねぇ!直ぐ抜けんだよ!こんなもん!!」
後退りするお客様。
進路にならないであろう隙間にスッと避難する私。
大家「なっ!ちょろいんだよ!分かったろ!?」
ついに捕獲されたお客様。
汚水でビッチャビチャの大家さんに肩を寄せられてしまった…。
そして次の目線の先には私がいる。
…。次は…。次はこっちに来る…。怖い…。怖いよ…。
その時だった。
リビングのドアが突然開いた。
お客様の彼女さんだ。
彼女「うっわ。何これビッチャビチャじゃん。やば。どうすんのコレ。」
九死に一生を得るとは正にこの事か。
大家さんの注意が彼女にそれた瞬間、私は洗面所の狭い空間に移動。
お客様も素早くサッと間合いを切った。
彼女に飛散しまくった汚水の件を突っ込まれ、大家さんも「やり過ぎちまった。」と思ったのか、若干テンションが下がる。
大家「なんかあったら俺を呼べ!」
「こんなぼったくりの衛生屋なんか呼ぶんじゃねぇ!俺はこいつらが大嫌いなんだよ!!!」
「ったくよぉ!帰りやがれ!!!」
そう言い放ち、来た時同様ラバーカップを肩に担いでバタンっ!!!と帰って行った。
沈黙の3人…。
菊池「えっ…っと………。」
お客様「あ…。あの…。基本料金…。」
菊池「あっ…。ありがとうございます…。」
彼女「部屋うんこまみれじゃんよ。どうしよぉ。本当泣きそうなんだけど…。」
菊池・お客様「………。」
あまりに汚水が飛び散りまくって悲惨な状況だった為、料金を頂く以上は何か出来ないかと思い、3人でトイレクイックルで拭く事にした。
終始無言で拭いた。
思う事は多々あった。
みんなそれぞれ多々あったと思う。
けれどそれを口に出す者はいなかった。
ボクシングで肌の色や経験値、身体能力。
全てにおいて自分より上の選手と戦う時だって心の底からは怖いとは思わなかった。
でもその日、自分とは明らかに違うテンションと勢いで現れ、予測出来ない動きを成す大家さんの事を「怖い…。」と思った。
世の中は広い。
本当に広い。
また1つ勉強になった。
菊池真琴
株式会社イーライフグループ
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