ツツジの季節、遠い思い出〜大江千里『APOLLO』
今朝、LINEで日本の弟からメッセージが届いた。厳密に言えば昨日の深夜に届いていたことには気づいていたのだけれど。通知から緊急事態では無さそうとは分かっていたし、こちらの朝に開ければ充分だと判断してそのまま眠りについた。
朝起きて、ベッドの中で早速メッセージを開封した。まず目に飛び込んできたのは、寿司ランチを目の前にして満面の笑みを浮かべている母の写真だった。あぁ、そういえばこの週末は母をランチに連れ出すと言っていたっけ。ライブで送られていたので、画像を長押ししたら、弟の「ハイ、チーズ!」という声が入っていた。なるほど。
弟夫婦は3日から出雲巡りの旅に出る。お嫁さんが御朱印をいただくための旅のようで、出かける前にご機嫌うかがいと云ったところか。三つ違いの弟は晩婚で、このパンデミック中に10歳下のお嫁さんと一緒になった。特殊な状況だった故、挙式はしていない。記念の写真だけは写真館で撮ると言っていたけれど、結局まだなのではないか。
晩年の父は弟のことをとても気にかけていた。そして弟の良縁を聞くのを待ち受けていたのかのように体も心も弱っていったのだ。世の中が正常に戻りつつある今、今まで出来なかったことを存分に楽しんで、幸せでいて欲しいと、遠くにいる姉は切に願う。自分達がこの先元気で過ごせる時間は限られていて、今まで生きてきた時間より圧倒的に短いのだから。
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一緒に送られて来たのは、ヘッダーにあるツツジの写真だった。今を盛りと咲き誇るその姿に、普段は桜以外の植物の写真を送ってくることの無い弟も、流石に目を奪われたのだろう。
ツツジといえば、私が日本を離れる直前の1994年4月の終わりにも、とても美しく咲いていたことが思い出される。自分の人生の大部分を過ごした地で美しく咲いていたツツジの写真を、夢中でカメラに収めた。日本を離れて、来月13日で丸29年になる。
子供の頃はツツジのその美しさに感銘を受けていたかは分からないが、その花は遊び道具だった。花をちょっと失敬して蜜を吸ったり、ベタベタする葉っぱを服に貼り付けたりして楽しんだ。
こちらに来てから、子供が生まれる前に2回、その後も子連れで何度か帰国をしたが、春のこの季節に日本の地を踏んだのはたった一度だけ。娘が一歳だったその時は4月の上旬。ソメイヨシノの盛りには遅すぎたが、八重桜、藤、ツツジ、そして紫陽花の花まで愛でることが出来た。
単独で乳児を丸一日かけて連れ帰るには相当の気力と体力がいることが分かっていた。旅費もそれなりにかかる。普段親孝行を全く出来ていなかったから、日本のじぃじ、ばぁばには出来るだけ娘の成長する姿を見てもらいたかった。こちらの義母に帰国を告げた時、どのくらい居るのかと訊かれて
「2ヶ月半です」
義母の呆れた顔が忘れられない。6月中旬には夫の日本出張が決まっていたのだから、どうか堪忍と思った。
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ツツジの花と聞けば忘れられない楽曲がある。90年にシングル、アルバムがリリースとなった、大江千里さんのAPOLLOだ。
前奏もなしにいきなり始まる斬新さ。当時20代半ばだった私は、なぜか歌番組というものを殆ど観ていなかった。私がJK時代にデビューを果たされていた千里さんをきちんと知ることになったのは、日曜日夕方のFM局の番組でだった。
ビジュアルも殆ど知らなかった。でも、まずはそのトークに惹きつけられた。気取らない、自由奔放さに憧れた。時に毒舌?そこまで言ってしまっていいの〜、とこちらが心配になる程。でも自然体でそこが魅力的だった。その気質は今でも変わらないのではと思う。
ご自身の曲はもちろん、その他の選曲も気が利いていて、翌日から仕事という面を差し置いても毎週のお楽しみだった。
APOLLOは当時の歌番組でご存知の方も多いと思う。素敵な曲なのでぜひ聴いていただきたい。この4月から京都のラジオ局でパーソナリティを務められている番組がオンエア中。日本の友達からのお裾分けを聴かせていただいていたら、今まさにこの曲がかかっている(涙)
コンサートには行かなかったけれど、アルバムを買ってそれをテープに入れて、通勤の電車の中のWALKMANで聴いた。APOLLOのフレーズの「つつじが匂う」は実感としてなかったけれど。。こちらでもツツジの花は咲くが、いつか春の帰国を果たし、その匂いを確かめたい。
歌詞の中にあるように「届くはずない未来」を果たして「いつのまにか追い越して」いるのか。