短編小説:失われた羽音に寄せて。
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その日、私は郊外に出ていた。
家に帰ろうとすると、敷地が封鎖されていて入ることが出来ない。
建物からは白い煙が立ち込めていた。
中に家族がいるのに、煙のせいか足がすくんで入って行くことが出来なかった。
○
穴山は、ベッドで寝返りをうった。昨日は徹夜だったから、まだまだ眠くて体が重い。
昼間の外の生活音が耳に入り、だんだんと身体が起きるモードになってくると、無意識に壁に頭を擦り付けた。
ブーン…
どこからか、重低音が聞こえた。
ブーン…
まただ。
壁を叩くとさらにその音は五月蝿くなった。
庭に何度か蜂の巣を作られているから大体分かる、スズメバチの羽音だ。しかし、今回この場所から聞こえるとなると庭ではなさそうだ。
穴山は必死で音源を探し、とうとう突き止める。洗濯機を置いている半地下の隅にそれはあった。禍々しいスズメバチの住処だ。刺されたら危ない上に、近隣の人に責任を訴えられたら困るのである。
焦って友達に連絡をすると、市役所とか業者に相談しなよと言う。
分かってるけど、費用がかかるのは辛いんだ、自前でやってみると言って話を切り上げた。
今はネットで撃退法を検索しまくっている。
とりあえず、蜂用の駆除スプレーと煙剤があれば良いらしい。
通気用の窓を段ボールで厳重に封鎖して、まずはスプレーを放射しながら後ずさり退散。数分後、大人しいことを確認してから、煙剤を起動さて巣に数秒近づけた後、近くに置いて足早に外に出た。
数時間後、穴山は壁を叩いてみる。
羽音は聞こえない。
翌日、再度静かなことを確認してから地下室に行ってみた。羽音もせず大人しくなっていた、巣を取り外すのは怖いから、とりあえずこのままにしておこう。
何日か後、恋人と電話した時に、蜂と闘った武勇伝として話をしたが、反応があまりよくなかった。褒めて欲しかったのに、蜂が可哀想と言われてしまった。害虫を倒すのに結構がんばったんだけどな、と腑に落ちない気分になった。
友達と同意見で、市役所か業者に相談してほしいと言われて、別の話題に変わってしまった。
➕
朝、目が覚めると靄がかかっていた。
こんなところまで、靄がかかるなんて珍しい。
部屋の中は、しん、と静まりかえっていて、こんな時間なのに家族の気配がまったくなかった。
視界が不十分な中、記憶を頼りにみんなの部屋を探して歩いた。歩く足に触れる違和感が、家族だった事に気付く。
廊下に、なぎ倒された木のように家族が倒れていて、誰もピクリとも動かない。
わたしは自室にいたから無事だったのだろうか。
言いようのない恐怖に追われて家の外に出た、靄のかかる知らない空間に戸惑いながら、パニックになって無闇に走った。
隙間を抜けると、壁の無い空間が広がっていた。
➕▲
誰かがわたしを抱きしめた。
優しくて暖かくて力強かった。
わたしの叔父だった、彼も何が起きたのか知らないようだった。
とにかく恐ろしい事が起きている、わたしたちは出来るだけ遠くへ逃げた。
追われているのかも分からないけれど、わたしたちは恐怖でいっぱいで、無我夢中で逃げたのだ。
何年も後に、この日の出来事を回想する事になる。わたしが大人になり家庭を持ち、幸せの最中にいる時に…。
fin
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