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疎遠になってしまった美容室にもう一度行ってみよう。

2年以上通っていた美容室にいかなくなった。

もう半年いっていなかった。特に理由もなくいかなくなった。担当はずっと同じ男性美容師の大山くんだったが、何か嫌なことがあったとか技術に不満があったとかそういうことでもない。本当に理由なくいかなくなった。


髪の毛が伸びたので美容室にいくことにした。

美容室の予約はいつも妻に頼む。ホットペッパーの使い方をよく知らないからだ。引っ越した先周辺の美容室を妻に探してもらう。しかし週末はどの美容室も予約で埋まっているようだった。それで妻に聞いた。


「大山くんは空いてるかな?」


大山くんにはもう半年会っていない。2年間ほぼ毎月大山くんに髪の毛を切ってもらい「イトーさん、今日はどうしますか?」と聞かれれば「いつも通りでお願いします」と答えるような感じ。「あ」と言えば「うん」、「ツー」と言えば「カー」「明日も見てくれるかな?」と言えば「いいとも〜」のようなそういう関係性である。


大山くんは私よりも年下で、それでいていつもおしゃべりで、髪を切っているときも、シャンプーしているときも、ドライヤーで髪を乾かすときにも私に話しかける。さすがにシャンプー中とドライヤー中に話しかけるのは勘弁してほしいと思うのだけど、彼が楽しそうに話しかけてくるからつい「ほうほう」と聞いてしまう。

最後にいったのは5月か6月だったが、彼は言っていた。


「イトーさん、ぼく、とうとうこの夏に娘が生まれるんすよ」



大山くんの美容室にいかなくなって、たまに思い出したように妻と話していた。「大山くんのとこは生まれたかな?」「たしか夏って言ってたよね」「しばらくいってないから申し訳ないなぁ」「旦那、美容室選びってそういうもんだからね」「ドライだなぁ」「そういうもんだから」



新しい家のダイニングで妻がスマホを片手に「大山くん、あした空いてるよ。大山くんはヒマみたいだよ」とニヤニヤしながら言う。「あ、じゃあ予約してもらってもいい?」と頼む。

で、今日の10時30分に予約したのである。



朝起きて準備。家を出る。街中ですこし引っ越しに伴う公的な用事があったので、それを済ませる。途中、便意を催したので三越のトイレにいった。三越さん相手にうんこだけさせてもらうのも申し訳なかったので、何かしらを物色して一応食べ物を買った。

予約の10時30分が近づいてきたので美容室に向かう。場所は札幌市中央区。パルコのすぐ近くにあるいたってふつうの美容室。半年ぶりにいくから大山くんは第一声でなんと言ってくるだろうか。

一応それ用に言い訳を考えてみる。

なんせ半年いってないわけで、そのあいだ私は大山くん以外の美容師に髪を切ってもらっている。

浮気をしているようなものだ。半年間も恋人が音信不通だと思ったら、それがある日ノコノコやってきて「……ひ、ひさしぶり」なんて言ったらこりゃ、もしも大山くんが彼女だとしたら「てめぇ、どのツラ下げてまたきやがった! 死ね! 死ね! 悪霊退散!」とキレられてもしょうがない。

なので、一応の言い訳として「引っ越しちゃって、それでなかなか来られなくなっちゃったんですよね」という伝家の宝刀を用意しておいた。

半分本当だもん。

そういう言い訳ももちろんだが、どちらかというと私の頭の中を占めていたのは「大山くんのお子さんが母子健康で生まれたかどうか」であった。

これを聞いていいものやら。

仮に聞くとしたらどう尋ねるのが最もスムーズだろうか。世の中には万が一というものがあるわけで、そのあたりとてもセンシティブである。


美容室に着いた。私をみた大山くんは笑顔で言う。

「ご無沙汰してます!」

「ちわっす!」と私も答える。

お、気にしてなさそうか? そんなわけない。恋人同士だってそうだ。復縁するときとか、なんのときでも男女は気まずさをできるだけ隠し、顔で笑って心で泣くものである。


イスに座ると大山くんが「いやぁひさしぶりですねぇ〜」と言うので、早速だが私は用意した伝家の宝刀を抜くことにした。

「引っ越しちゃって、それでなかなか来られなくなっちゃったんですよね」


こう言うと大山くんは、

「あ、そうだったんですね! いやぁぼくイトーさんに変なこと言っちゃったかなぁと思って〜」「まさかまさか〜」「美容師って、お客さんが離れちゃうと悲しいんすよ〜、ある日ぱたっと来なくなっちゃって、ぼく結構そういうの気にしちゃうんですよね〜」「なんか申し訳ないっすわぁ」

復縁成功だ。ではそれとなく聞きたかったことも尋ねてみよう。


「じゃあ、奥さんもお元気で?」


これしかない。「生まれたの?」では直接的すぎる。ここは一旦クッションで奥さんを出してみよう。それしかない。こう聞くと、大山くんはもう満面の笑みである。


「生まれたんすよ〜、8月に。女の子です。いま3ヶ月ですね。もうかわいくてかわいくて〜」と言う。これはもう素晴らしいことである。


そこからこれまでの半年間や子どもが生まれてからの3ヶ月間の話を大山くんはマシンガンのように、いやショットガンのような迫力で話し始める。相変わらずカットのときもシャンプーのときもドライヤーのときも話し続ける。


帝王切開だったこと。病院でいまかいまかと待ったこと。よく眠る手のかからない子だということ。3ヶ月でもう外に連れてこの前は100日のお宮参りだったこと。お風呂も入れるしうんちも取り替えるしミルクもあげるし、家に帰るのが楽しみで仕方ないこと。プーさんのメリーを使っていること。3ヶ月にもなると視力も大きくなるのでパパとママの判別がついているような気がすること。心配しすぎない育児をしようと奥さんと決めていること。

「じゃあ大山さん、娘が大きくなって、ワケのわからない彼氏を連れてきたら?」

「ぶっ飛ばしますね」



およそ35分、大山くんの独演会である。あれは? これは? と私が尋ねるので大山くんは「さすがいい質問っす〜」と言う。最後にいたってはドライヤーをしながらよく聞こえない小噺までしてくれた。


「この前家族でスタバに並んでたんです。列の前に2人のイカついおじさんがいたんですね。ツーブロックでビシッと決まってるような、あれは土木系って言うんですかね。そういうタイプの方です。で、その2人が注文のときに店員さんになんて言ったと思います?」

「え、なんて言ったんだろう?」

「『ホイップ、マシマシで』って言ったんですよ。ラーメンみたいな頼み方だなぁと思いましたね」


話としては40点くらいかな、と思った。



それでお会計のときにさきほど三越で買った贈り物を大山くんに渡した。出産祝的なものである。

遅れて申し訳ないのだが「大山くん、これね、ずっと来てなかったから、これお祝いよ」と言って渡す。すると大山くんは驚いて「い、いいんですか!? あ、あざす、あざす! ありがとうございます!」と言っていた。


半年も会ってない恋人が申し訳程度にプレゼントを持って「復縁しましょう」と言ってきたら、それこそぶっ飛ばすところだが、この場合はちがう。復縁でもなし、気まずさがあるわけでもなし、ただのお祝いである。


2人で握手をする。

「また来月!」と言ってお店を出る。


〈あとがき〉
このエッセイのタイトルは「復縁美容師」にしようかなぁと思っていたのですが、なんだかちがうかなと思ってやめました。なんか、このエッセイの構成的にいい話にするもの変だし、かといって大爆笑できるようなものでもないし、読み終えたあとの読後感がどんなものなのか少し気になるところです。疎遠になった美容室に行った経験がある方、いろいろ教えてください(何を?)。今日も最後までありがとうございました。

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