二日酔いで目を覚ましたら、世界が大変なことになっていた話。
「浴びる」という言葉は「シャワー」ではなく「お酒」のためにある言葉のような気がしていた。今でこそ自宅でお酒を飲まなくなった私だが、独身時代は毎日浴びるようにお酒を飲んでいた。
仕事で疲れた体を引きずって、セブンイレブンに寄る。ビールとストロング。それぞれ500ml缶を合計5本。多いときは7本。毎晩お酒を浴びていた。浴びすぎ。溶けちゃう。
お酒を飲みすぎても、私は体調がそれほど変わらないし、顔にも出ない。呂律も回る。「〇〇さんは本当にお酒が強いよね」と言われることが私の小さな誇り。
…
ある年の秋の夜、
その日も仕事帰りにいつも通りセブンイレブンへ行ってビールとストロングを買った。仕事で成果が出たこともあってその日はいつもより多めに買った。
独身の部屋に1人。
ビールをプシュッと開けて、
グビっとノドに流し込む。
「この瞬間のために生きてるよなぁ」と言う人がたまにいるけど、私の場合はもはや飲酒というのは「作業」で、スーツを脱ぐ、シャワーを浴びる、着替えて椅子に座る、ビールを開ける、そして1人で踊る、ここまでが1セットだった。惰性であり悪習慣である。
独身時代、私の家にはテレビがなかった。いつも同じような番組しか放送していないし、スマホで全てがこと足りる。ほろ酔いになりながら、YouTubeで SMAPの『世界にひとつだけの花』をイヤホンを耳にはめて再生し、サビの部分を口パクしながら1人で踊るのが日課だった。
シンゴ、キムタク、ゴロウにツヨシ、我らがリーダーナカイクン、そして6人目のダーキクン。私はSMAPの6人目だ。ドームの黄色い歓声が聴こえてくる。
いつもより多めにお酒を飲んで『世界にひとつだけの花』を脳内コンサートで踊り「今日の出来はまぁまぁだったな」と脳内にいる中居くんと話し合って満足した後、
私は泥のように眠ってしまった。
きっといびきはヤバかったと思う。けど部屋には私以外誰もいないから指摘する人もいない。
…
ある年の秋、早朝7:00。
よく晴れたいつもの朝。ベッドからむくっと起きて歯を磨く。昨日たくさん飲みすぎたせいか、少しだけ頭が痛い。
「ちょっと飲みすぎたなぁ」
少しだけ反省して朝の身支度を整える。
この時の私は日本社会、小さく見れば私が暮らす北海道社会に少なからず貢献できる仕事をしているという自負があったので、スーツにシャキッと腕を通して「よし!今日も世界を救って来ますか!」と思いながら支度を整えた。
が、トイレに入った時だった。
電気がつかない。
「おや?」
パチパチとスイッチを何度かいじるが、
やはりつかない。
「おかしいな」
電気がストップしたのか?と思った。
でもそんなはずは…ない。
おか…しい。
はて。
とりあえずトイレで用を済ませ、
部屋の他の箇所の電気もいじる。
やはりつかない。
ふーむ。
おかしいなぁ、と思ってここでやっとスマホを確認した。そしてビックリした。
不在着信15件。
LINE未読が70件超。
前日に、逆転でM-1チャンピオンになったわけでもないから、この量の着信、LINEはおかしい。優勝したか? いや、してない。
たしかにSMAPとしてライブをやったから「昨日のライブ最高だったよ」とナイショの彼女から連絡が来ててもおかしくはない。ライブやったか? いや、してない。
内容を確認する。
まずは家族から。
次に職場から。
次は友だちから。
最後にその時の彼女から。
これはおかしい。異常事態だ。
何事か? と思ってまずは彼女に返信した。
「なんかあった?」
すぐに既読になって電話が来た。
「気づかなかったの!?
ニュース見てないの!?」
「え、どうしたの?」
「揺れてすんごかったんだから!」
「え?なにが?」
「地震!!!」
「ジシン?」
「いま電気も止まって、食糧もスーパーからなくなってるから!」
「電気も? あ、だからか!」
「ほんとに気づかなかったの!?」
「だって起きて部屋見ても本は落ちてないし、いつもの朝だから、世界を救う準備を完了したところだったけど」
「いいから、とにかく食べ物確保!
いま世界は大変なことになってるから!」
「まったまた〜」
「いいから! セブンイレブン行きなさい!」
…
2018年9月6日(金)深夜3時7分。
北海道胆振(いぶり)東部沖で最大震度7、
北海道の有史以来最大の地震が起きた。
被害は甚大で、北海道中の電力供給がストップし、北海道民のライフラインは完全に停止。
ニュースでは震源近くの街で大規模な土砂崩れが発生。北海道民は深夜、かつてないほどの巨大な揺れに、恐れ、おののき、布団から飛び起きた。
…らしい。
私は飛び起きなかった。
気づかなかった。
理由はライブの疲れ、ではない。
お酒を飲みすぎて。
いつものように起きて「よし!今日も世界を救うぞ!」と準備したはいいものの、この規模は想定していなかった。
彼女からそう言われて、昨日お酒を買ったセブンイレブンに半信半疑で行ってみたが、たしかに食糧は全くなくなっていた。電気もついていない。ここで私は事態の深刻さを理解した。
店員さんに「な、なにがあったんですか?」とタイムスリップジョークを言おうかとも思ったけど、そんな状況では絶対ない。
仕事は即日ストップ。
電力もストップし、電波は遮断、
スマホも間もなく使えなくなるらしい。
セブンイレブンからも食糧は消え、「うーん、こんな世界は俺の力をもってしても救えないなぁ」と、そう思った。
長年、お酒を浴びてきた私だが、「浴びる」という言葉は「お酒」のためではなく「シャワー」という言葉のためだけに存在する概念になり、この日をもって、自宅でお酒を浴びる悪習慣を完全に断つことにした。
…
スマホが使えなくなる直前、
ある1人の友だちからLINEが来た。
「お〜い、家に帰れなくなったから
助けてくれ〜」
「お、うちに来なよ、サバイヴしようぜ」
ここから彼との3泊4日のサバイバル生活が始まり、私は人口197万人の地方都市札幌で天の川を見ることになるのだが、それはまたいつか別の機会に。
▶︎インスタライブありがとうございました
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