人生初のライブは、ポール・マッカートニーだった。

中学1年の頃、ビートルズにハマった。

マジカルミステリーツアーを初めて聴いた時なんて「この世にこれ以上の良曲があるのか!?」と感動を覚えて、生涯好きな曲ランキングぶっちぎりのNo.1ソングにしていた。自分の中だけで。

当時はマジカルミステリーツアーではなく、マジカルミステリータワーだと思っていた。だってあれ完全に「タワー」って発音してるじゃん。歌詞の意味は分からないけど、この曲のサイケな感じはきっと「マジカルでミステリーな電波塔」のことを歌ってるんだろうな、と本気で思ってた。

▶︎Magical Mystery TourThe Beatles


父は矢沢永吉のファンで、かつ’60〜’80年代の洋楽も好きだったから、家の中ではよくマドンナとかビリージョエルがよく流れてた。


ビートルズのCDやレコードがある家庭ではなかったので、家のパソコンで調べた。ビートルズが聴きたくて。YouTubeはその頃は多分なくて、QuickTimeプレイヤーでビートルズの全213曲全てが聴けるサイトを発見した。たぶん違法サイトだったと思う。


「お、ビートルズか!Drive my carをかけてくれよ」と父から言われてDrive my carを探す。かけてみるとこれまたアップテンポでいい曲だった。


それから213曲全てを覚えるまで、CDも買って毎日聴いた。「あのアルバムにはあの曲が入ってて、あの曲の次にはあの曲がくる、この曲を作ったのはジョージで」とかまで覚えた。


22歳になるまで、ライブには行ったことがなかった。行く意味が分からなくて。住んでいたのが田舎だったこともある。当時、「ディズニーランドに行ってきたんだ」という友だちはほぼ英雄扱いされてた。ライブなんてディズニーランドと同じ感覚。遠い夢の世界のお話。



2013年、私が22歳の時、ポール・マッカートニーが東京ドームでライブをやることを何かで知った。Facebookだったのかなあれは。「ポール最後の日本公演!」みたいな触れ込みをひと目見て「これだ!」と思った。



「ライブ行ったことある?」

「あぁ、人生で一回だけあるよ」

「へぇ、ミスチルとか?」

「いや、ポール・マッカートニー」



これが言いたかった。

人生初体験の過去は変えられない。
人生初のライブはポール・マッカートニー。これだけが言いたいがために、ライブのチケットを入手した。チケットを買ったことなんてなかったから、どの席がいい席なのかも分からない。適当に買った結果「S席」が取れた。「S」だ。特級の「S」。


おいおい、人生初のライブでS席ですか。
やっぱ俺はもってるなぁ〜とか思った。思うだけで誰かに言うこともなかった。だって友だちいなかったし。





東京ドームに1人で行った。
中学から全ての曲を聴いてきて、ツラい時も楽しい時もビートルズの曲をずっと聴いてきた。そのポールに会える!東京ドームで!


ドームに入って自分の席を探す。S席。
どこだどこだ、と探すと見つけた。フロアにパイプ椅子が綺麗に並べてある。ステージからは50mくらいあったんじゃないかな。要するに遠い。

全然Sっ気がないじゃないか!


マゾの人が女王様に文句を垂れるような気分だった。期待してたような席ではない。もっとポールが間近にいて、なんならツバも飛んでくるくらいの席を想像していた。S席なんだから。


ライブが始まる。私は1人。ステージ上のポールは豆粒みたいに小さかった。乱視が強いので、この日のために作ったメガネをかけて一生懸命ポールを見る。あれがポール・マッカートニーだ。



ライブが始まった。私は問題に気づいた。


ライブの楽しみ方が分からない。


演奏が始まった途端、フロアの皆んなが立ち出した。「えっ、立つの?」と思って横を見る。両隣には、60代の男性と50代くらいの女性がこれまた1人で来てるみたいで、前には20代の若い女の子とそのお母さんと思われる50代の女性。全員が立っていて、「あ、立たないと見えないな」と思って私も立った。


たしかAll my lovingだったと思うけど、曲が始まると、前の若い女の子は「ポール!!!ポール!!!」と絶叫して身体を揺らしまくってる。隣のお母さんもなんかクネクネしてる。


「えっ、こんな感じ?
 静かに聴くんじゃないの?」



左隣の男性を見ると、少し身体を揺らしてて、右隣の女性も身体を揺らして歌ってる。なんかこの人たちの青春時代のことを考えてしまった。例えば「恋に落ちた時はIf I fellを聴いてたかもしれないなぁ」とか「今日どんな気持ちでここに来たんだろうなぁ」とか考えてたらおかしくて。


みんなずっと立ってて、私は疲れてしまった。だから途中で座った。「もういいや」と思って、ステージ横にある巨大スクリーンに映るポールを見ることにした。静かに聴きたいのに。



こうして人生初のライブがあんまり楽しめないまま終わった。あれからは誰のライブにも行っていない。楽しみ方がやっぱり分からないし、あの雰囲気は自分には合ってないな、と思うから。 

心から楽しむことは出来なかったけど、人生初のライブはポール・マッカートニーだ、というある種の自慢、自己満足的な過去を手に入れることは出来た。


もし自分に子どもが出来たなら、早めにライブに連れて行って、その楽しみ方を教えてあげたいな、と思うのであった。




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