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《映画》ラストマイルと向き合うためは時間が必要。/ネタバレ

ラストマイルの3回目を鑑賞してから1週間が経った。
ようやく作品と向き合う心の余裕ができたので、
私なりの感想を記す。

ラストマイルはお仕事映画だ。
お仕事ドラマや映画で女性が主人公の場合
よくある女性主人公としてイメージするのは主人公が天真爛漫でおっちょこちょいな猪突猛進タイプ。
周りに迷惑をかけながらも、持ち前の明るさと人当たりの良さで周囲の人達から愛されて、やがて周囲も巻き込みながら成長していく...というもの。
一方でこの映画の主人公エレナは、普通に優秀。
ただただ仕事ができる人間。頭の回転もめちゃ速い。

巨大ショッピングサイトを運営するデリファスの倉庫から発送された荷物が爆発し、
デリファスを狙ったテロなのか?犯人は誰?その目的は?というあらすじ。

以下ネタバレあり。

〈エレナ赴任初日の悲劇〉
エレナ(演:満島ひかり)がデリファスの巨大倉庫、「西武蔵野ロジスティクスセンター」にセンター長として赴任した日、前日の爆発を受けて出荷元を特定した警察が捜査でやってくる。
エレナは「うちの商品が爆発する筈がない」と安全性を主張。
持ち前の頭の回転の速さで、警察に協力しつつも周囲を動かし、
「(商品を発送するためのベルトコンベアを)止めませんよ、絶対に」と動き続ける。
そのエレナの頑なな言動が、周囲からすると警察に抵抗しているようで怪しく映り始める。
「彼女は何かを知っていて隠しているのでは?」と。
すぐに捜査線上に上がった「ヤマサキ タスク」という男性。デリファスの西武蔵野ロジスティクスセンターに勤務していた筈だったが、人事データがない。
エレナの部下、梨本孔(演:岡田将生)がログを調べ、エレナがデータを削除したことを突き止める。
時を同じくしてデリファス本社から梨本に直電。エレナの過去の人事データが無いと。本来赴任する筈だったが人間が急遽退職になり、代替で赴任したのがエレナ。
エレナは一体どこから来た?どうやって潜り込んだ?
梨本はエレナを問い詰める。あなたが爆発を起こしたんじゃないか?と。

〈エレナという人間〉
彼女は真に優秀だった。
優秀で、真面目だった。
過去、大きな倉庫で責任ある仕事を任された。

「1年目、やりがいを感じた。2年目は順調。3年目、眠れなくなった。」

そこから3ヶ月の休職。
そして再起復活を願った仕事復帰が、ここ西武蔵野ロジスティクスセンターでのセンター長。
失敗するわけにいかなかった。
だからベルトコンベアも止めなかった。必死になって警察に抵抗した。もう失敗出来ないから。

〈爆発の原因〉
西武蔵野ロジスティクスセンターから発送されたデリファスの荷物が爆発していたのは、過去の悲しい事故が原因だった。
それは激務により精神を病んだ山崎佑の自殺未遂。
稼働し続けるベルトコンベアに飛び降りて、頭部から大量出血をし意識不明となった。
事故から数日は意識があった山崎は、今後デリファスを訴えないと書かれた覚書に署名をする。

ベルトコンベアを止めたら、解放される。

大人が普通に考えれば、最悪死ぬことも分かる。
死ぬくらいなら休職や退職をした方がいいことも。
しかしそんな冷静な思考はとうに無くなっていた。
それが精神を病むということ。
自分が飛び降りても、出血しても、ベルトコンベアは止まらなかった。回り続けた。
バカなことをした。何の気力もない。そのまま覚書も署名した。

彼には大切な人がいた。婚約者、筧まりか。
彼女はデリファスを訴えようとした。けれど山崎が覚書に署名していたことが分かり、山崎の家族から止められる。そして山崎の父親から、「あんたのせいで息子はこうなったんだ」と責められた。
彼女は思っただろう、「本当に私のせいなのか」。
でも、確かに自分に出来たことがあったかもしれない。
それなら、私は私の罪を贖うから、貴方達も自分の罪と向き合い、贖うべきだろう。
そして一つ目の爆弾を爆発させ、彼女は生きたまま焼死した。

生きたまま焼かれた彼女を司法解剖した法医学者、中堂が言った。
「見上げた根性だ」

〈みんな働きすぎなんだよ、だからおかしくなる〉
エレナの言葉。
彼女が自分自身にも向けて言った言葉だった。

映画とは逸れるが、私自身の話をする。私もかつて、2ヶ月休職したことがあった。
仕事なんて休めるわけないと思ってた。
眠れなくなったから眠剤が欲しくて受診した心療内科で、即休職の指示を受け、それでも休まなかった。
折衷案で「1週間でいいから休め」と言われ、それならどのみち5日間連続有休を取得しなくてはならないので、と休んだ。
有休初日、布団から起き上がれなくなった。
仰向けになったまま、理由もなく涙が止まらなかった。
その日は何も食べずに終わった。お腹が空かなかった。
2日目、流石に何かを口にした。砂を食べてるみたいにざらざらして、味もしなかった。
3日目、死にたいと思うようになった。その日は通院日だった。受診し、診断書をもらった。
自分の病を受け入れた訳でもないが、このままでは死ぬと思った。
死にたいと思っているのに、このままでは死ぬと思って診断書をもらう自分のチグハグさが矛盾しているが、本当にそうだった。
その時の私にとって、「死にたい」は、「生きたい」と同じだった。


〈ラストマイルを鑑賞して〉
この映画には完全な悪人はいないと思った。
そして完全な善人もいない。
誰も声を上げなかった。ロッカーの文字も、意味も分かっていたのに。
人から人へ受け継がれる中で、その意味も誰も分からなくなってしまっていた。

鑑賞中、山崎佑やエレナの過去が分かっていくにつれ苦しかった。
配達員の佐野親子の会話で息子が
「魂込めて働いたって誰も俺たちのこと大切になんかしてないじゃないか」
と言った言葉が頭の中に残り続けた。
私もそう思っていた。いや、今もそう思っている。

私も山崎佑側になる一歩手前だった。
正常な判断なんかできなかった。
2ヶ月での復職は、医者から早いと言われていた。無理矢理復職した。
そのせいで、その後何回もぶり返した。
身体も心もボロボロに傷付いたまま、もうこれ以上傷付きようがないのに、私は今も同じ環境から抜け出さずに新しい傷を増やしている。
どうしてもっと強くなれなかったんだろうと自分を責めながら。

でも、頑張る必要も、戦う必要もないのかもしれない。
流れ続けるベルトコンベアの歯車になって、誰からも大切にされない部品になってしまった私。
上司からパワハラを受け、傷付けてもいい存在として認識されている私。
それでも仕事なんて辞められるわけない、今よりいい条件の仕事に転職できる保証もないと、夜風呂場で泣きながら、翌日また出社する私。

個人の力ではベルトコンベアは止められない。
でも、ベルトコンベアから抜け出すことは出来る。
歯車を辞めることはできる。
必要なのは、自分を守るために動き出す根性。
身を挺して世の中の罪を暴く根性じゃなくて、
自分のこと自分で大切にするための根性。
この社会はもはや、人間を大切にするという基本的なことが機能しなくなってきている。
みんながみんな、自分のことで精一杯。
こんな社会に誰がした?誰が望んだ?

きっと誰も望んでない。

映画では最後、エレナは羊急便や大手運送会社と協力し合い、状況を変えようとする。
一人で出来ることは限られる。でも、皆でなら変えられる。変えないといけない。
ロッカーのメッセージ。意味を汲み取ろうとしないといけない。汲み取れたら、訴えないといけない。
目を背けてはいけない。誰かの不幸を、痛みを、自分には関係ないと背を向けてはいけない。
そうやって初めて、誰もが安心して眠ることができる社会になる。
誰もひとりぼっちにならないように。


自分を見つめるミクロな視点、
社会というマクロな視点、
ラストマイルはその両方についてを観るものに考えさせる。
そしてその両方は互いに繋がっていて、切り離せないのだと。
人間の命、心、尊厳を大切にするというシンプルで重要なメッセージを堂々と示してくれる映画だった。


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