まじめに「ズロース」を考える~金田一耕助の事件より
こんにちは、ぱんだごろごろです。
ズロース
今回、なぜこのような考察をすることになったかと言うと、それは、「note界の良識」と呼ばれるカリスマnoter、川ノ森千都子さんがお書きになった記事に、その発端があります。
この中で、千都子さんは、和装における女性の下着について語っていらっしゃいます。
そして、その流れで、「ズロース」の世界に踏み込んでいらっしゃるのです。
いや、もう、懐かしい響きですね。「ズロース」。
祖母がよく使っていました。
はい、明治45年生まれです。
今年、父の一周忌と一緒に、祖母の13回忌の法要も営みました。
祖母は沼津出身で、若い頃は、行儀見習いのために、東京は初台にある、子爵さまのお屋敷に、お嬢様のおつきとして上がっていたそうです。
さて、話をズロースに戻しまして、
私、千都子さんに、コメント欄にて、
ところで、横溝正史の短編に、「ズロースをはいているという油断から、はしたない振る舞いをしてはいけないので、ズロースははかずに、お腰だけ」という美女が出てきたことを思い出しました。
たしか、密室殺人の話だったような。
と申し上げたのですが、
とんでもない記憶違いをしておりました。
密室殺人ではありませんでした。
本当は、○○移動のトリックだったのです。
それ故、今回は、「ズロース」が犯人のトリック解明のきっかけとなった、横溝正史の傑作短編のお話をしたいと思います。
『蜃気楼島の情熱』
横溝正史の短編に、『蜃気楼島の情熱』(1955年)があります。
現在は、角川文庫、〈金田一耕助ファイル6〉、『人面瘡』の中に収められています。
金田一耕助が探偵として活躍するシリーズのうちの一作で、舞台は、瀬戸内海の沖の小島。
メイントリックとしては、ディクスン・カーの名作、『帽子収集狂事件』のトリックと通じるものがあります。
ご存知の通り、横溝正史は、ディクスン・カーをこよなく愛し、高く買っていましたからね。
怪奇趣味や密室殺人への偏愛、トリックへの飽くなき挑戦など、自分と似た点が多いことに、親近感を感じていたのかもしれません。
さて、内容に行きましょう。
もちろん推理小説ですから、犯人がわかってしまっては困りますね。
ここでは、ズロースに絞って、お話を進めます。
被害者は、志賀の妻、静子。23、4才。
志賀というのは、蜃気楼島の主で、静子とは、かなり年齢が離れています。
静子は寝室で、腰巻き一枚の裸体で、息絶えているところを発見されます。
金田一耕助は、老女(今で言う、家政婦のようなもの。奥様のお世話係)のお秋から、奇妙な話を聞かされます。
お秋は、不思議に思っていることがあると言います。
それは、奥様の亡骸が、「お腰のものの下に、ズロースをお召しになっていた」ということ。
つまり、腰巻きの下に、さらにズロースをはいていた、ということです。
金田一耕助が理解できずに、それのどこが不思議なのかと問うと、お秋は、こう答えるのです。
「奥様は、和服のときは、絶対にズロースをお召しにならない方でした。
ズロースをはくと、着物の線がくずれるし、また、ズロースをはいているという気のゆるみから、無作法なまねがあってはならぬ、とおっしゃって」
つまり、当時の女性は、腰巻きの下は、すっぽんぽんだったのですね。
それゆえ、立ち居振る舞いにも気を遣うわけですが、
ズロースをはいていれば、見えないから大丈夫、と安心してしまうと、気が緩んで、はしたない振る舞いにつながる、と。
洋装の時には、もちろんズロースをはきますし、その場合、腰巻きはつけません。
なぜ、静子は、自己の信条にそむいて、腰巻きの下にズロースをはいていたのか。
実は、この謎が、事件を解決に導くかぎだったのです。
警察が抱いた不審点は、
「下(しも)から出血したようで、ズロースは真紅に染まっているのに、腰巻きは汚れていない」ということでした。
さあ、これとお秋の証言を重ね合わせると・・・?
明敏なあなたには、もうトリックの形が見えてきたのではないですか。
再び、ズロース
ズロースの語源は、英語の drawers 、ドロワーズ で、それが、なまってズロースになったものです。
半ズボン式の、ゆったりとした下着です。
そもそも、日本女性が股間を覆うようになったのは、昭和初期以降と言われています。
それまでは、裾よけの下に、腰巻きをつけていただけでした。
*湯文字と腰巻きは、同じものと考えていいそうです。
(巻きスカートのように、腰部から、ひざあたりまでを覆うもの)
その後は、洋装が広まるのと共に、ズロースが普及していきました。
昭和30年代頃から、現在のショーツ(パンツ、パンティ)になったそうです。
やはり、祖母の年代では、オープンなまま、昭和に入ってから、徐々にカバーするようになっていったのですね。
横溝正史の短編、『蜃気楼島の情熱』をテキストにして、ズロースの歴史を考察してみました。
谷崎潤一郎の『細雪』には、「ブルマー」という言葉が登場します。
本来であれば、ズロースとブルマーの関連性についても、言及したかったのですが、紙幅の関係で、今日はここまでとさせていただきます。
今日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
あなたの参考になったのであれば、うれしいのですが。
横溝正史の作品には、まだまだ面白いものがたくさんありますよ。
ディクスン・カーの『帽子収集狂事件』も名作ですので、機会があれば、ぜひ、お手に取って、お読みください。
あなたのスキ、コメント、フォローに、心より感謝いたします。