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#4 「物語ること、生きること」|読書ノート

今日は私の大好きな作家さん、上橋菜穂子さんについて語ります。代表作は守り人シリーズ獣の奏者シリーズなどがありますね。児童文学のジャンルでありながら、背景や世界観が作り込まれた重厚なストーリーは大人が楽しめる作品たちです。大好きです。

さて、今回の記録は私が教師として担任一年目の時に書いたものをあえてそのまま載せてみます。あの頃の青々しさと使命感が垣間見える記録です(笑)不思議と今の私にも刺さる内容でした。ではどうぞ!

上橋菜穂子『物語ること、生きること』(講談社、2013)

上橋さんの作家に至るまでの人生を綴ったエッセイ本。彼女の本にハマってから、ずっとずっと読みたいと思っていた作品。何故、二足のわらじを履くことにしたのか。何故、学者と作家を共通したものとして捉えたのか。私が抱いたこの疑問を解決したかったということが大きい。

「夢見る夢子」が醒めた時

彼女はもともと物語が大好きな少女で、いつか小説家になりたいとずっと願い、温めていた。しかし、それは同時に現実を見られない「夢見る夢子」だったという。私はここに静かに驚き、でもなんか納得した。すごくその気持ちには共感した。私もその一人だったのだから。彼女の幼少期はおばあちゃんの口から紡がれる昔話に親しんだものとなった。それが彼女の源流だったという。


「本物のファンタジーは、日常よりもっと深いところで、もっと生々しい実感につながる瞬間があるような気がします」

彼女が聞いた物語は、少なくともそういった実感があったということなのだ。「日常と地続き」このことが、彼女が作る世界観に魅了される理由だ。もしただの絵空事だけの世界観だったら「偽物」「作り物」という感覚を拭えないだろう。
彼女は、身体が弱く、それゆえに「強さ」への憧れは人一倍あった。その気持ちが、地に足つかず「憧れ」としてだけの浮遊物だった学生時代、父からの叱りで目が覚めたという。その体験が、守り人シリーズの主人公・バルサの根源としても描かれることとなる。


「戦うことに強く惹かれながらも、同時に、人を傷つけ、殺めることを恐れる。その矛盾を身のうちに抱えながら、葛藤し続けるのが人間だと思うのです」

わたしが心震えた言葉たち

私が、心を震わすほど感銘を受けた言葉がある。そうだよ、これこそが彼女の考えの根源として尊敬しているものだよって。ああ。私もページを少しでもめくろうと願う人間になりたいし、一人でもそれに気づく子供達を増やしていきたい。

「(ノーベル賞受賞した山中教授についての話)「実験を繰り返しながら、みんながページをめくっていて、最後にページをめくったときに『あった』と言ったのが自分だった、それだけのことです」と先人の功績を讃えたのです。…子供の頃、学者や研究者に憧れたのは、そのせいかもしれません。…どんな人も、一回性の命を生きている。その中で、一体、自分は何をなしえるのだろう。…有限の命を生きるしかない人間が、それでも何かを知りたいと思い、それまで誰も解くことができなかったことに挑んで、それによって、この世界が確実に変わることがある。変わったからといって、いずれは地球も砂になりますから、実は意味のないことなのかもしれませんが、少なくとも、生きているあいだ、人の幸せとなる何かを生み出せるなら、それはそれで、意味があるのではないか。自分もそんなふうに何かをなしえる人になりたいと願った」

彼女は文化人類学の研究者として院生時代から世界でフィールドワークを重ねた。その経験から得たものとは。

「歴史というものの相対性」
「どちらか一方の側から見ただけでは見えない景色があるのです」
「境界線に立つ人」

これらの言葉は、オーストラリアの原住民アボリジニの立場などから導かれた彼女の感覚である。どちらの立場も描けるのが彼女の強みだ。そしてこの境界線をこえる、という感覚を持つことを大事にしているという。だから、彼女の物語は常に境界に立つものをクローズアップしたものなんだと実感。この感覚が大好きだ。大きな時間の流れを描くだけではなく、小さな見えない背景を描くだけではなく、そのどちらも紡ぐこと。

「物語ること」は「生きること」

さて、一番私が気になっていたこと。彼女が自分自身の殻を破り、小説家と学者のワラジをはいたきっかけとは何だったのか。

「いつまでも「夢見る夢子さん」でいたくないのなら、物語の中で旅をするんじゃなくて、靴ふきマットの外に飛び出して、本当の旅に出るしかない。…世の中には様々な立場で生きる、様々な人たちがいて、その物語を一緒に生きることで、その人たちの人生を泣きながら、笑いながら、感動しながら体験してきたのです。それは、私にとって本当に宝物のような、大切な体験ではあったけれど、自分自身ではなんのリスクも負わずに、美しいもの、豊かなものを受け取るだけ、受け取ってきたのです」
「だからラブ・フォア・ディスタンス 遠きものへの憧れ そのための一歩を踏み出す勇気を」
「私は、肝心なところは、できるだけ自分の経験に裏打ちされた言葉で書きたいなあ、と思っています。そうすることで、物語のなかに本物の風が吹く。そんな気がするからです」
「その一言じゃ伝わらないたくさんのものを、本当は後ろにいっぱい抱えているだろうに、なぜ一言なんだろう?…物語にしないと、とても伝えきれないものを、人はそれぞれに抱えている。だからこそ、神話の昔からたくさん物語が語られてきたのだと思うのです。…物語は、見えなかった点と点を結ぶ線を、想像する力をくれます」

これらに気づき、読み取ろうと努力していた偉大な先人たちこそ、歴史家だと思う。私も続けてつないでいかなければならない。子供に「物語る人」として。

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