<SS>会社がビクビクすると、それが従業員に伝染する(笑)
A会社のカスタマーセンターに、ある日、顧客である西原俊彦様からの問い合わせが舞い込んだ。問題は契約内容の一部がよくわからないというものだった。カスタマーセンターのスタッフは基本的な契約の概要には答えられるが、「なぜこの特約を付けたのか」といった、営業担当と顧客の間で決められた詳細に関しては説明できない。「これは、営業担当者にしか答えられないことですので、後ほど担当者からご連絡差し上げます」と彼らは言った。
問い合わせ処理の流れは次の通りである。まず、カスタマーセンターから会社に情報が伝えられ、そこから担当者へと連絡が行く。西原様の担当営業マンは、添田勇祐という人物だった。添田には「西原俊彦様からの問い合わせがありました。契約内容についての確認を希望されています。西原様はご立腹の様子ですので、対応は慎重にお願いします」という内容のメールが届いた。
このメールを受け取った添田は、「西原様は確実に怒っている。クレームかもしれない」と感じ、電話をかけることに少し躊躇した。「もしもし、西原様ですか。A会社の添田です。お問い合わせいただき、ありがとうございます。ご契約の内容についてご確認されたい点があるとのことで、お電話させていただきました」と彼は言った。
しかし、西原様の反応は意外だった。「ああ、添田さん、久しぶりですね。ええ、ちょっと確認したいことがあって連絡したんですよ」と西原様は笑いながら答えた。
添田は心の中で安堵した。「あれっ、全然怒ってないじゃん。どうしたんだろう?」と思いつつ、西原様の疑問を丁寧に解消していった。会話は終始穏やかで、西原様は最初から怒っているわけではなかったのだ。彼は単に契約内容について確認したかっただけで、担当営業の携帯番号を失念していたためにカスタマーセンターに連絡したのだった。
西原様がカスタマーセンターに電話した際、内容を急ぎたいという気持ちから、話し方がやや焦って声も大きめになっていたのかもしれない。そのため、カスタマーセンターの担当者は、西原様が怒っていると誤解してしまった可能性がある。さらに、契約内容にはカスタマーセンターでは対応できない複雑な部分も存在し、こうした詳細は、直接の担当者でなければ答えられない場合も多い。西原様は解決を急ぎたかっただけに、カスタマーセンターで即座に答えが得られなかったことへの一瞬のいらだちが、無意識のうちに声に出てしまい、それがカスタマーセンターに怒りとして伝わってしまったのだろう。
電話を終えた後、添田は思った。「最近たまにあるんだよな。お客様は怒ってないのに、会社側がクレームにビビって大げさに考えちゃうんだよね」と。そして、同僚の木梨に今回の出来事を話した。
「そうだったんだ。こういうことがあると焦るよな。昔はクレームが来ても、会社と俺たちが一緒になって対応してたから、全然焦ることなかったんだけどな」と木梨は言った。
「だよな。お客様の勘違いが多いから、説明すればすぐ解決することがほとんどなんだけどな」と添田は答えた。
二人は最近のコンプライアンスの厳しさについても語り合った。
「コンプライアンスは大事だよな。でも、厳しすぎるとみんなクレームに敏感になりすぎて、小さい問い合わせまで大騒ぎになっちゃうんだよな」と木梨は言った。
「本当にそうだよ。みんな、ミスを恐れたり、悪者になりたくない気持ちが強すぎて、それが透けて見えるんだよね。時には、責任のなすり合いをすることもあるよ」と添田が笑いながら応じた。
「ほんと、みんなが監視されてるみたいで、気が休まらないな」と木梨は笑った。
「ま、どんな時代でも俺たち営業は怖がってちゃダメだな。しっかりやるべきことをやっていくしかないよ」と添田は言った。
「そうそう、ちゃんとやっていればトラブルなんて起こらないもんな」と木梨が同意した。
「だから、時代に流されずに、気持ちをしっかり持っていこう」と添田が締めくくった。
こうして、添田と木梨は明日もまた、積極的に営業活動に取り組むことになった。
◇ ◇ ◇
この物語では、ルールの厳格化が生み出す緊張感と、それに直面する会社や従業員たちのリアルな感情を描いてみました。
時代の変化に左右されることなく、自らの信念を持って働くことの重要性を改めて感じました。
ーー kindle出版しています --
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