「note」は完璧主義者ほど継続しない⁉
あくまでも「仮説」の域を出ない内容なので、悪しからずm(__)m。
誰しも、一番最初の投稿は、緊張したり、不安な気持ちが襲ってきたり、本文を書こうとしたまま手が止まったり…といった経験があるものです。
そんな初投稿のあと、継続できる人とできない人がいますが、個人的にはあなた自身の好きな時に好きなペースで書けばいいと思っています。
迂闊に「毎日投稿します‼」なんて、ハードルを上げてしまうと、逆に書けなくなるものです。
「宣言することで動機付ける」と考える方も多いと思いますが、裏を返せば、宣言をした段階で、「動機がないと書けません」と、無意識に思っているんだと思います。
誰かに強要されるものでもないので、楽しく利用できたら、それが正解だと思います(*'▽')。
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なぜ「完璧主義者」が投稿を継続できないのでは?という仮説を立てたかと言いますと、主に「二つの価値」について、完璧主義ではない方に比べて、意識されていると考えたからです。
その二つとは、「発信の価値」と「自分自身の価値」です。
…大事なことを書き忘れていました( ̄▽ ̄;)。
私は、「完璧主義」に憧れを抱いており、そうなりたいと思っている割合が大きいです。
「完璧主義者」に対するイメージですが、こだわりを持っていて、凝り性な面があると思っています。常に高みを目指し、経営層に達する方というのは、「完璧主義者」が多いのではないか?とも思っています。
一方の私は…というと、「ずさん(杜撰)」です(笑)。
頻繁に投稿を読んで下さる方には伝わると思いますが、私の「note」の記事は、文頭から文末までが一貫した記事というものがありません。
それはそれは、脱線あり、余談あり、イリュージョンあり…といった、カオスな投稿がほとんどです。
逆に言えば、それが公開できてしまうので、毎日こうして記事を書けるわけです(=゚ω゚)ノ。
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「発信の価値」
平たく言えば、「こんな内容でいいのだろうか…?」と、記事の水準を高めようとするが故に、書けなくなるのではないか?ということです。
また、「完璧主義者のイメージ」で書いたように、高みを目指す方が多いと思うので、良書を多読されている方も多いのではないでしょうか?
「マンガを読むのが好きな人ほど、マンガを描けない」のと同じで、頭の中で既存のイメージが出来上がっていて、その水準に至っていないと納得いかないのではないかと推測します。
「自分自身の価値」
「完璧主義者」が、こだわりがあって凝り性だとするならば、日々のルーティンも、ブラッシュアップされたものになっているかもしれません。
つまり、新しく何かをする「時間」というリソースがない、ということです。
特に書き慣れないうちは、記事の執筆にそれなりの時間を要するでしょう。
今まで構築してきた生活リズムを乱す恐れがある場合、投稿活動の継続は難しいのではないでしょうか?
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「まとめ」
どうも「完璧主義者」のように、人を一定のセグメントとして分けようとすると、ネガティブイメージを持つ方が多いように感じますが、「完璧」を目指すことの何が悪いのでしょうか?
ことビジネスにおいては、「大きな成果」はなくとも「小さなミス」をも排除することができれば、一定以上の評価は得られます。
同様に「意識高い系」という言葉にも、侮蔑的な含みを持たせる方もいますが、「意識低い系」と対比するなら、多くの方が「意識高い系」になりたいと思うのではないでしょうか?
今回、仮説として「完璧主義者ほど投稿活動が継続しない」としましたが、初期を乗越えれば、「完璧主義」ゆえに、毎日投稿することも苦ではなくなる方もいると思います。
要は「意志力」の方向性の問題だと、私は考えています。
自分がどうなりたいのか、それはあなた自身があなた自身に誓うものであり、あなたの思うままでいいのです。
私は、時間の許す限り、いろんな方の投稿を読みたいと思っています。
ぜひ、あなたの投稿も読ませてくださいね(≧▽≦)ノシ。
ということで、今回の投稿は以上です。