幹と根っこ
「芯がない」と言われたことがあります。
譲れないモノがあるなら、人に何と言われても、譲ってはいけない、と。
…私にも譲れないモノはあるのですが…(;・ω・)。
今、思い返してみて、当時抱えていた違和感の正体のようなモノが浮かんだので、今回は、そのようなことを書いていこうと思います。
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誰しも、人に譲れないモノはあります。
「信念」や「信条」、「ポリシー」などです。最近では「意志=Will」という言葉も多用されていると思います。
それらは、あなたのどこにありますか?
この所在の違いが、人によってあるのではないかと思うようになりました。
樹木に例えたとき、その所在が「幹」なのか「根っこ」なのか、この違いが場合によっては見解の違いに繋がる、私はそのように考えました。
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「幹」に在る人。
「根っこ」と違い、「幹」は人目に映ります。
「あの人は、よく○○が信条だと言っている。」というように、「幹」の人は公言されている場合も多く、他人から見ると、「公言できるだけの信条がある人」と評価されます。
言い換えれば「有言実行していくタイプ」とも言えるでしょう。
「根っこ」に在る人。
一方、こちらは「不言実行タイプ」なのかもしれません。
場合によっては「優柔不断」だと評価されてしまうこともありますが、必ずしもそうではなく、「幹」に比べ、目立たないというだけです。
さらに別の例えをするならば、「幹」は「武器として構えるスタンス」で、「根っこ」は「盾として構えるスタンス」とも言えるかもしれません。
個人的に優劣はないと思っていますが、下記の傾向があるように感じています。
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「幹」の方が折れやすい。
周囲に公言し、実行力もあり、「芯の強さ」も垣間見える、そんな「幹」の人の中には、そういう自分でありたいという思いで、体現している人も、「根っこ」に比べ多いと思います。
ですから、相対的な話ですが、折れやすいとしました。
noteでも、「毎日投稿します」や「100日連続投稿が目標です」と公言されている方は、たくさんいますが、公言している分、出来なかった場合、目立ってしまいます。
私は、正確な日数は隠していますが、たまに「○○日経ちました」と、さりげなく書きます(笑)。
PV数に関しては、おそらく公表することはないでしょう。
何か目標と立てているわけではないので…公表する意味がない(;'∀')。
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忘れてはいけない。
「幹」がプレッシャーやストレスで、へし折れることもあるでしょう。
「根っこ」だって、悲しみや苦しみで、枯れることもあるでしょう。
ですが、養分が豊富な土壌に在るのなら、新しい根を張り、再び幹を成し、大きく成長していくことができます。
「養分が豊富な土壌」というのは、人でいうならば、「社会」や「環境」や「人間関係」でしょう。
身を移すも良し、耕すも良し。
「幹」も「根っこ」も、何度だって再生できます。そのために、私たちは、日々、周囲の社会や環境や人間関係を豊かにしておかなければならないのかもしれませんね。
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…話、ズレてましたね(;´・ω・)(笑)。
まあ、えーっと、アレです。
私は「根っこ」タイプなので、「幹」タイプの人からは、頼りなく感じてしまうことがあるようですが、「幹」の人と同じくらい、もしくはそれ以上の「信念」や「信条」をもって生きているので、決めつけられるのは、ちょっとヤダなぁ、という記憶を思い出したので、書いてみました。
というわけで、今回の投稿は以上です。