規則正しい生活の何がストレスだったのかを考えてみる
長年の疲労が規則正しい生活によるものだと分かって、やめてみました。
今日で3日目。
最初の2日はものすごい疲労が体の奥から出て、それを流すために休んでいました。
仕事はちょっとだけあったのでなんとかそれはこなせました。
3日目になり、疲労はひとまず流れて回復してきたので、規則正しい生活の何がそんなにストレスだったのかを一度考えてみることにします。
早起き
以前はオンでもオフでも毎日だいたい8時を目処に起床していました。
今後は、休みの日はもう何時まで寝てもいいとしているものの、やはり8時頃には目が覚めます。
これ自体別に嫌でもないし、気分も悪くないです。
たぶん早起きそのものはストレスではないのでしょう。
着替え
オンでもオフでも僕は毎日歯を磨いたりシャワーを浴びたら外に出られる程度の日常着に着替えます。
その方が気持ちがオンになるからです。
休みで1日寝るつもりでもどうせスーパーとかドラッグストアには一回はいかないといけないので、だったら朝に着替えておいたほうが効率がいいですしね。
これをやめて、休みの日は外に出るまでは部屋着で過ごすようにしはじめると、ちゃんと気持ちもオフのままで過ごせることに気づきました。
単純なことですが、結構効果あるみたいです。
つまり、今まではせっかくの休みなのに朝から着替えて無理矢理オンにしていたということです。
そら疲れるわな。
朝散歩
男性は40代からうつになりやすいと知って、今年の春ぐらいからいろいろ勉強しはじめ、うつ対策には朝散歩がいいといろんな専門家が言っていたので導入していました。
朝日を浴びると幸せホルモンのセロトニンが合成されるからだとか。
まあやってみるとそんな感じもします。
が、これもやめてみて分かりました、僕は朝散歩が嫌いなようです。
朝っぱらから外なんか出たくありません。
今までは朝着替えて無理矢理精神をオンにし、無理矢理朝散歩に出ていました。
これが結構なストレスだったみたいです。
やめたら朝からとてもリラックスできるようになりました。
朝ブログ(note)
もう10年以上、僕は朝ブログ(note含む)を書いてきました。
その方が書けるからです。
別に嫌というわけではありませんが、習慣が義務化し、その義務が毎日精神を圧迫していた気がします。
今はブログは1日のうちに適当に書きたいときに書くことにしています。
改めてそうしてみると、それで全然書けるようです。
ブログを書くというのは相変わらず義務ではありますが、朝に書くというもう一つの義務が加わったことでストレスが結構増加していたようです。
夜の読書
昔から風呂に入った後、ビールを飲みながら読書をするのが習慣でした。
それが一番楽しくてリラックスできるからです。
が、これも習慣が固定されることで義務に近くなり、ストレスを誘発していたようです。
確かに、風呂上がったあと「本読まなきゃ」と感じるときも多々あったので。
でも楽しいのは楽しいんです。
ただあまりに習慣として固定しすぎたのでしょう。
これが僕の中で、規則正しいがストレスになるという一番の例かもしれません。
そういえばここ何年かは、風呂上がり以外の時間に本を読んだ記憶がありません。
なんとなく、朝とか昼に本を読んではいけないみたいな気持ちも芽生えていました。
で、規則正しい生活を破るために昼に本を読もうと手にしたところ、それに抗っている自分がいました。
今読むの?今は違うでしょ?と自分の無意識か何かがやめさせようとしてくるのです。
で、すこし迷った後、これはちゃんと破らないといけないと思い、なぜか禁断となっていた昼の読書をしてみました。
すると不思議なもので、その日の夜風呂上がりに「別にこの時間に読書しなくたっていいじゃん」と思えるようになっていました。
ある意味1日の最大の楽しみだった夜の読書もストレスになっていたとは……
習慣がストレスになる?
この読書のように、自分が好きではじめたこと、それも「やるぞ!」と決意したとかではなく、一番リラックスできて楽しめる習慣が、やがて義務になってき、ストレスとなるということをはじめて知り、驚いています。
人間というのは、本来ある程度ランダムじゃないといけないのかもしれません。
そういえば飼い犬とかもご飯の時間になってきたらソワソワしたり吠えたりしますしね。
いつもこの時間に楽しみがやってくるという規則性は、それ自体がもうストレスなのかもしれません。
ちなみに人類の歴史は600万年あり、直近1万年以前は全人類狩猟採集で生活していたそうです。
習慣とか規則がストレスになるのはその名残なのかもしれません。