【小説レビュー】SFの良さが詰まった短編集!『なめらかな世界と、その敵』
恐ろしいSFを読みました。
短編一つ一つにSFチックな要素をがあり、尚且つ、人間臭さのある小説でした。SFの設定の説明に終始することなく、読者がちゃんと付いてきやすい展開があり、素晴らしい読書の時間を過ごせました。6つの短編の感想を綴ります。
表題作「なめらかな世界と、その敵」
並行世界を行ったり来たりする日常を描いた作品。
1行目からSFの洗礼を受けた。正直、何が起きているのかわからず3回読み返した。その文章がこちら。
「暑いのに、雪景色???」と、頭の中で「?」が止まらない出だしで、しびれた。並行世界の移動が日常に溶け込んでいて、自分の持っている常識とは別の景色が見られお話でした。
小学校時代の友人が主人公の高校に転向するところから、物語が大きく動き始める。SF的日常を見せてから、一人の人物の登場で物語に推進力が生まれ、どんどん読むスピードが止まらなくなる。特に、夜のグラウンドでスプリント勝負するのは青春を感じられて華があった。
「ゼロ年代の臨界点」
明治時代後半からの日本における架空のSF史を論じた作品。
主にSF史に影響を与えた3人の同級生を中心に架空の歴史を語る。ひとつ前の「なめらかな世界と、その敵」とは、雰囲気がガラリと変わり、硬い文章で、セリフのない物語になっている。
面白いのは、「誰がどんな作品を書いた」と論じるだけでなく、作品の影響や作者の人間関係にも言及している点です。客観的に視点で、作者の特徴を表すかのようなエピソードが点在していたり、ゴシップ的な人間関係の悪化が書かれたりと、情報量の多さが魅力でした。
「美亜羽へ贈る拳銃」
伊藤計劃「ハーモニー」のトリビュート作品。銃の形をした注射器(ウエディングナイフ)を撃つと、特定の人間を愛することをプログラムされたニューロンが撃ち込まれ、永遠の愛を実現するという話。
SF要素は満載なのに、家族や財閥など特定集団の中のいざこざなどドロドロした人間関係を描いた作品です。ただ、読みにくさはなく、むしろ、ドロドロな人間関係がウエディングナイフによって二転三転し、展開の多さにハラハラするシーンが多いです。
人は感情に支配されていることをあぶりだした良作です。
「ホーリーアイアンメイデン」
ハグするとその人の性格が温和な性格に変わってしまう能力を持つ姉を妹の視点で描かれる話。妹が姉宛てに書いた手紙の形式で話が進みます。妹が姉に対する感情をぶちまけています。しかも、手紙が届くころには私は死んでいるでしょうと冒頭で書かれます。この作者さんは、冒頭で読者を思い切り殴ってくるような衝撃を与えてきます。
すごくおしゃべりな妹であることが手紙から伝わってきます。SFというかファンタジーに近い設定であるにも関わらず、上品な語り口で感情の動きがあり、硬さのある文章になっています。
ハグすると性格が変わってしまう能力で、どんどん別世界に行ってしまうという距離感が伝わってくる一方、姉に対する畏怖が増大していく展開が印象的です。
「シンギュラリティ・ソヴィエト」
宇宙開発をしていたころにAIの開発が進み、ソ連がアメリカに勝つという歴史改変もの。アメリカ人ジャーナリストがソ連の博物館を訪れ、新しい事実が次々に表す。クローンのレーニンとかAIだけでなく、SF的仕掛けが次々に飛び出してくる。
SFど真ん中をいく短編で、ソ連の博物館の学芸員とアメリカのジャーナリストの会話がある種の心理戦にも聞こえてきます。現実と虚構が混ざり、SFの幕の内弁当みたいになっていて、お腹いっぱいです。
「ひかりより速く、ゆるやかに」
修学旅行に向かう高校生を乗せた新幹線が「低速化」という現象に巻き込まれ、世界と分断されてしまう話。修学旅行を欠席したため、「低速化」には巻き込まれなかった高校生が主人公です。一番面白かった作品でした。
低速化というのは局所的に限らなくゆっくり時間が進んでいる現象を指します。新幹線が「低速化」現象に巻き込まれ、外の世界から新幹線のドアを開けることもできません。目の前にいるけど、何もないもどかしさから、どうやったら助けられるのかミステリー的な面白さまで、詰め込まれています。
クラスの中でも地味で目立たない主人公の冒険小説とも読めます。
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SF好きにはたまらない小説でした。設定の説明で終始せず、物語としての面白さが目立った作品でした。この作者の他のお話も読んでみたいです。
最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。