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#ポストモダンの終焉
ポストモダン終焉宣言、第1弾!
ポストモダンは理論的に終わっている(一貫したまともな理論があったのかも怪しいが)。終わりを終わりつづけて終わらないポストモダン延命の最後のアポリアも解決した。そんなことに労力をつぎ込む暇な人間がいなくなったからである。
ならば、ポストモダンの終わりを誰かが実証しなければならない。そうでないと、アートは次に進めない。モダンはリチャード・セラの作品で、死亡宣言が下された。その後、すぐにポストモダンがや
ポストモダン終焉宣言、第2弾!
私の予想が正しければ、アフターコロナはポストモダンの終焉を目撃することになる(現下のコロナ禍でプロセスが早められた)。その予兆は10年前からあったが、封印されていたポストモダンの原理が白日の下に晒されるのである。
モダンの絶頂期から20数年後、モダンの原理である〈物質〉を、リチャード・セラが剥き出しの形で露顕させた(宣言、第1弾!参照)。それと同じように、具現不可能とされた〈差異〉(あらゆる相違が
ポストモダン終焉宣言、第6弾!(終焉宣言の日の天気に、ポストモダンとは何だったのかを改めて問う)
ポストモダンとは、一体何だったのか?
少しじっくり考えれば、アートにおけるポストモダンは、二系統の流れがあったのではないかと思える。
一方は、小さな物語の多様性。ダントーは留保(アートから理念が立ち去る)をつけて、この党派に属する。前世紀末から今世紀初めの多文化主義も、これに入る。その後、多文化主義は硬直化した。
他方は、差異とシミュラークルの系統。クーンズを筆頭とするポストモダンのアートの主流で
ポストモダン終焉宣言、第7弾!(ポストモダンが終わるべき理由とその後)
モダンの理念は物質だった。その理念を実現するのがモダンアートである。
シミュラークル(可視)はポストモダンアートの形式であり、その形式の原理=理念(不可視)が差異である。モダンアートの形式が可視的物質であり、その原理が不可視な物質(理念)であるのと同じ論理構造だ。
モダンに大きな物語(物質という理念)があったように、ポストモダンにも大きな物語(差異という理念)があった。さて、その大きな物語に終焉が
ポストモダン終焉宣言、第9弾!(ポストモダン後半の20年間の空白と付録のプチ・マニフェスト)
新世紀以降ポストモダンという言葉はついぞ聞かれなくなった。
終わったか、飽きられたか?
いずれにせよ、ポストモダンの戦術的に依存的な人間の紡ぎだす文化現象が軽佻浮薄なのは、目をつぶるしかない。
流行としては去ったが、まったく解決していない。なぜなら、ヘーゲルの言うようにアートが絶対精神に見捨てられたとすれば、その後どうすればよいのか? つまり「小さな物語」の箍の外れた乱立とそれらの間の断絶の問
ポストモダン終焉宣言、第10弾!(念を押しましょう)
ポストモダンの始まりは、モダンの行き詰まりへの窮余の策だった。つまり、もはや新しいものはない。だからオリジナルはない。よって模倣もない。結果、作品はシミュラークル(モデルなきコピー)になる。
この三段論法の大前提を失うと、何でもありの多様性であるとポストモダンに言い渡され、嬉々として伝統に舞い戻るわ、プレモダンからモダンまで何でも模倣するわ、猿真似なのにオリジナルと思い込むわ、とハチャメチャな事態
ポストモダン終焉宣言(の余白に)
軽いポストモダンのテクニック、コピペ(引用)とリミックス(組み合わせ)。コピペは消尽されたが、リミックスは隅に残っていたのか?
理論的には両方ともお払い箱だが、理論が去った後にハイエナのようにどこからともなく現れる掃除屋がいる。彼らは、資源を供給するアーカイブが空になって途方に暮れたリミックスを、差異の鉄則通り極大、極小化することで無限の差異を二乗し、サバイバルする余地を与えた。彼らの手にかかれば