【世界史の1ページ🌎】ヨーロッパ諸国の「産業革命の歴史」について💖 2023 August 1st
今回は、私のテスト勉強も兼ねた
近代西洋経済史の主要テーマである
「産業革命の歴史」について
アウトプットしたいと思います💖
「産業革命の歴史」をインプットしたい🌈
私は、高校時代、世界史がとても好きでした
なぜ、現代社会でこのような問題が顕在しているのか、ということを考えるときに
「過去の歴史」を紐解けば、少なからずその原因や背景が読み解けるからです🌟
世界を知るために、歴史を学ぶことは
賢明なアプローチだと思います
だからこそ、「楽しく」インプットできるように皆さんにお伝えできたらと思います🎊
こちらが参考文献ならびにリンクになります📝
前回のお復習い:英国の産業革命
私が読んだ参考文献によりますと👀
産業革命(Industrial Revolution)は
18世紀後半のイギリスに始まる、綿工業(木綿工業)での手工業に替わる機械の発明
さらに蒸気機関の出現とそれにともなう石炭の利用という生産技術の革新とエネルギーの変革を指すとのことです
木綿工業から始まった技術革新は、機械工業、鉄工業、石炭業といった重工業に波及し、さらに鉄道や蒸気船の実用化という交通革命をもたらすこととなりました
このような工場制機械工業の出現という
技術革新が産業革命の一面でありますが
それは激しい社会変動を生みだし、資本家と
労働者という社会関係からなる資本主義社会を確立させたというプロセスを歩みます
参考文献では、このような技術革新から
社会変動に至った一連の変動を、産業革命と
認識していることを、この投稿の前提として話を進めていくことにしましょう
以下では、ドイツ、フランス
そしてアメリカが産業革命を達成し、イギリスの優位は次第に失われていってしまっていった時代において
各国の経験した産業革命について考察します🔥
19世紀末から重化学工業を中心とした
第2次産業革命へと転換するのですが
その時期には、もはやイギリスが先頭に立つという状況ではなくなっていくという世界史の変遷について
について一緒に考えていきたいと思います💖
英国以外の産業革命を学ぶ📚
18世紀後半、一般的に60年代から進展したとされるイギリスの産業革命は、さまざまな条件の下でいち早く技術革新を成し遂げ、工業社会への転換を最初に実現したことは、前回の記事でか確認しましたね
当初イギリス政府は、その先端技術が他国に流出することを喜ばず、1774年には機械輸出禁止令を出し、他国や植民地への機械輸出と技術者の渡航を禁止したのでした📝
翌年アメリカ独立戦争が勃発
続いてフランス革命とナポレオン戦争という
激動の時代を経て、1825年にその一部を
解除し、43年には全面廃止となったことは
世界史の知識として抑えておきましょう
これによって、ほぼ1830年代からヨーロッパの他の国での産業革命が開始されたといっても過言ではありません
まず1830年に独立を達成したベルギーが産業革命の段階に入りました
さらに七月王政時代のフランスの産業革命が続き、ついで40年代にドイツの産業革命が始まったと、参考文献で言及されています
また、アメリカの産業革命は、1830年代に北東部で始まったとされていますが、その本格的な発展には南北戦争という内戦を経なければならなかったことを考えますと
ドイツとアメリカの産業革命は、当初から重工業部門を中心としており、はじめから第2次産業革命としての性格を有していた、という歴史的解釈ができるのです
少し時期が遅れて、ロシアの産業革命は、ようやく1860年代に農奴解放によって社会の近代化を図ったことが契機とされています
先進国の技術を採り入れて上からの産業革命を進め、1890年代に工業化が進展しました
なお、日本の産業革命は、1868年の明治維新で近代化の歩みを始め、西洋諸国に学びながら工業化を進めたのですが、一挙に産業革命段階にはいるのは、やはり90年代以降の日清戦争・日露戦争の時期であったと考察するのがベターなように思います
このように、イギリス以外の国では、内在的に行われたのではなく、イギリスの技術を学びながら国家的な事業として展開されたということができるのです💗
このような動学的外部経済や、産業集積における規模の経済・スピルオーバー効果など経済学的視点がたくさんあることも非常に興味深いですね
ただ、今回の投稿は「近代西洋経済史」というテスト科目に合わせていますので、西欧諸国、アメリカにより焦点を当てて解説していくことにいたしましょう
ベルギーの産業革命
ベルギーはかつてのネーデルラントの南部諸州のことです
北部ネーデルラントがスペインから独立した後もスペイン領として留まりました
1815年、ウィーン会議の結果、オランダに併合され、ウィーン体制下で独立運動が始まり、フランスの七月革命の影響のもと
1830年にベルギーの独立を達成し、翌年国際的に承認され、立憲君主国となったのです📝
独立を達成したベルギーは、フランドル地方の北部を含んでおり、その地は中世以来の毛織物産業の中心地であり、アントワープ(アントウェルペン)やガン(ヘント)、ブリュージュ(ブルッヘ)などの商業都市が発達し
資本の蓄積が進んでいたのです
また南部のリエージュ付近は石炭などの
資源も豊富であったのです
これは、産業革命が発生しそうな経済条件を
満たしていると言えますよね👍
この結果、独立と同時に1830年代に
イギリスに次いで産業革命を達成することができたとされています
これらはベルギーがイギリスに最も近く
経済的関係が密接であったこととともにヨーロッパの大陸諸国に先駆けて産業革命を達成した理由であったことも確認しておきましょう
なお、1840年代には鉄道が普及し
これもヨーロッパ大陸国家で最も早い普及を達成したのでした
現在もベルギーは、小国ながらヨーロッパ
有数の工業国となっているのです
また、19世紀には、レオポルド2世によるアフリカのコンゴに対する植民地支配(ベルギー領コンゴ)が行われ、帝国主義政策を推進する形となりました
フランスの産業革命🌟
次は、フランスでの産業革命に着目します
1830年代の七月王政の時期に始まり
1848年の革命の混乱を経て第二共和政の時期に進行し、ナポレオン3世の第二帝政の
60年代に完成した、と参考図書で言及されていました📝
イギリスで産業革命が展開された
18世紀末から19世紀初頭、フランスはフランス革命からナポレオン時代という革命の時期でありました
しかしながら、この間フランスは
イギリスの工業製品に関税をかけて流入を
防ぎ、自国の産業の発展を図ったのです
このような施策を取った結果、フランス革命で自立した小農民はイギリスのように賃金労働者化することはありませんでした
また商業資本の蓄積も進んでいなかったので、産業革命は遅れることとなったと考察されています
よって、フランスで産業革命が始まるのは
1830年に復古王政が倒され、ルイ=フィリップ(株屋の王)のもとで七月王政が成立して商業資本の育成が図られた時期からであるとされています👍
フランス産業近代の遅れ
フランスの産業革命は、1830年代から
始まり、40~50年代に一定の進行が見られました
しかし、イギリスと比較すれば、技術的にも
大きく遅れており、大部分は手工業的小企業にとどまっていたと言わざるを得ません
その理由としては、蒸気機関を備えた工場も
少なく、依然として木材燃料が主力だったことが、規模間やインパクトの小ささを象徴しているように思います
また、このようなフランス工業化の停滞の原因は、国内産業が政府の保護貿易政策に守られ、輸入品との技術改良面での競争がなかったこと、フランスに固有な小土地所有農民を主体とする農村の未分化と保守的体質にあったことが主たる要因と考えられているのです
ナポレオン3世による自由貿易への転換
このような遅れの解消の必要は、国家内で早くから指摘されていたのですが、実際に施策を打つなど実行したのは、ナポレオン3世だったとされています
第二帝政の前半の50年代にクリミア戦争の勝利などで国民的な人気を博したナポレオン3世は、彼自身が古典派経済学やサン=シモン主義の影響を受け、フランス産業の発展には保護貿易から自由貿易主義への転換が必要と考えるようになります
腹心のサン=シモン主義者シュヴァリエをイギリスの自由貿易主義者コブデン(下院議員)と交渉させ、1860年1月に議会に反対されることを見越して、皇帝大権で英仏通商条約を締結したのでした
これによって、フランス産業は、イギリス工業と競争を余儀なくされました
この結果、技術革新とエネルギーの転換
賃金労働の創出、フランス銀行の統制のもとでクレディ=リヨネなど預金銀行の成長という金融システムの統制
加えて、フランスの鉄道・通信網の整備などが進み、60年代はフランス産業革命の完成期となったとされています
ナポレオン3世は、フランス産業革命の進展を世界にアピールするため、1855年のパリ万国博覧会に次いで、1867年にも万国博覧会を開催したのでした
一方、一部の伝統産業を除き、特に綿工業などでの手工業的小企業は淘汰され、その産業は
衰退の一途をたどることになったのです😢
ドイツの産業革命💝
次は、ドイツの産業革命の特徴を考察していきたいと思います
1840年代にラインラント地方を中心に
重工業部門から産業革命を進行させました
この結果、鉄道の拡張も進み、急成長を遂げたのです
加えて、80年代にはビスマルクによる
国内産業保護を意図して保護貿易政策がとられたということまで、世界史の知識として抑えておきたいですね
19世紀前半のドイツ連邦は、各邦国が主権国家として独自の政治と経済政策を持ち、相互に関税を掛け合うなど、統一的な経済圏として発展する基盤に欠けていました💦
そのため、産業の発達、工業化も遅れ
イギリス工業製品を一方的に輸入し、輸出は依然として小麦などの農作物であるという状態が続いていたのです
このは産業の構図を考えるとイギリスがドイツを支配しているような構図になりますね💦
ただ、連邦の中でオーストリアと主導権を争っていたプロイセン王国は
1834年1月にドイツ関税同盟を結成して、同盟国間の関税の廃止、域内の自由通商に踏み切り、ようやく工業化の端緒を掴み取ったのでした
その発足は、イギリス古典経済学の自由貿易主義を否定し、保護貿易によって遅れたドイツ産業を育成すべきであるという経済学者リストの主張に沿うものであったのです
そのそれによって、1840年代に
ラインラントを中心に工業化が進み
産業革命の段階となったとされています
ドイツの鉄道も関税同盟結成の翌年の1835年に始まり、40年代に急速に普及しました
その結果、機関車やレールの材としての鉄鋼と、蒸気機関の燃料としての石炭の需要が急増し、同時に工業の中心地が東部のシュレジェンから西部のラインラント、ルールやザールに移った、と参考文献で述べられていました
ドイツの産業革命の特色✨
綿織物などの軽工業はすでに
高度な工業化を遂げていたイギリス製品に太刀打ちできませんでした
そのため、最初から製鉄、機械などの重工業に力を入れ、また鉄道や道路建設を私企業ではなく国家的事業として推進したことが大きな特徴と言えます👏🏻
つまり、ドイツは第1次産業革命を経ることなく、重工業部門を中心とした第2次産業革命から始まったと言えることが大きなポイントであるように思われますね📝
このような国家的な工業化路線は、ドイツ連邦の分裂した政治体制のもとでは困難であったので、プロイセンを中心としたドイツ国家の形成と並行して進められたのでした
プロイセンの優位が確立したのは、1866年の普墺戦争であり、さらにビスマルクのもとで軍国主義路線を明確になりました
ビスマルクは、フランスを徴発して普仏戦争に持ち込み、ドイツ帝国はアルザス・ロレーヌの工業地帯・資源を獲得し、ドイツ重工業の基盤を拡充したことに大きく貢献したのです
このような軍事部門と結びつきが強いことも
ドイツ産業革命の特徴の一つであると、本書で言及されていました📝
本日の解説は、ここまでとします📚
次回は、アメリカの産業革命や独立戦争についてアウトプットしたいと思いますので、どうぞ楽しみにしていただけますと幸いです✨
世界史という地球の歴史、人類の歴史、そして経済の歴史において、その中で、新たな1ページを刻み続けようと尽力された方々のおかげで、今の私たちの生活があるように思います
もちろん、プラスのことも、マイナスのことも、すべて過去の事実として受け入れていかなくてはなりません
ただ、もっと社会を善くしたい、人々の生活をハッピーにしたいという気持ちが
「産業革命」を引き起こしたという事実をしっかり確認しておくことができたら幸いです🌟
私も、平凡な大学生ではありますが、いつかどこかで、そしてポジティブなニュアンスで
「世界史に名を刻む」ような貢献ができるように、毎日「不断の努力」で突き進んでいきたいです🔥
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付録:私の卒論研究テーマについて🔖
私は「為替介入の実証分析」をテーマに
卒業論文を執筆しようと考えています📝
日本経済を考えたときに、為替レートによって
貿易取引や経常収支が変化したり
株や証券、債権といった金融資産の収益率が
変化したりと日本経済と為替レートとは
切っても切れない縁があるのです💝
(円💴だけに・・・)
経済ショックによって
為替レートが変化すると
その影響は私たちの生活に大きく影響します
だからこそ、為替レートの安定性を
担保するような為替介入はマクロ経済政策に
おいても非常に重要な意義を持っていると
推測しています
決して学部生が楽して執筆できる簡単なテーマを選択しているわけでは無いと信じています
ただ、この卒業論文をやり切ることが
私の学生生活の集大成となることは事実なので
最後までコツコツと取り組んで参ります🔥
マガジンのご紹介🔔
こちらのマガジンにて
エッセンシャル経済学理論集、ならびに
【国際経済学🌏】の基礎理論をまとめています
今後、さらにコンテンツを拡充できるように努めて参りますので
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます📚
最後までご愛読いただき誠に有難うございます!
あくまで、私の見解や思ったことを
まとめさせていただいてますが
その点に関しまして、ご了承ください🙏
この投稿をみてくださった方が
ほんの小さな事でも学びがあった!
考え方の引き出しが増えた!
読書から学べることが多い!
などなど、プラスの収穫があったのであれば
大変嬉しく思いますし、投稿作成の冥利に尽きます!!
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今後とも何卒よろしくお願いいたします!