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プロティアンキャリア論に至るまでの理論的系譜

はじめに

キャリア論の理論的系譜は、時代とともに多様な視点やアプローチが登場し、発展してきました。プロティアンキャリア論に至るまでの主要なキャリア理論とその発展の流れを詳細に探ることで、現代のキャリア論の基盤を理解することができます。以下では、各理論の概要とその貢献について詳述し、最後にプロティアンキャリア論について説明します。

1. 初期のキャリア論

1.1. フランク・パーソンズの「職業適性理論」

キャリア論の発展は、20世紀初頭のフランク・パーソンズ(Frank Parsons)による「職業適性理論」に始まります。パーソンズは、1909年に『Choosing a Vocation』を著し、キャリアカウンセリングの父として知られています。彼の理論は、以下の3つの主要な要素に基づいています。

  1. 自己理解:個人が自分自身の能力、興味、価値観を理解すること。

  2. 職業理解:職業の特性や要求、報酬、将来性についての知識を持つこと。

  3. 論理的推論:自己理解と職業理解をもとに、最適な職業選択を行うこと。

パーソンズのアプローチは、キャリアカウンセリングの基礎を築き、後の職業適性テストやキャリアガイダンスの発展に大きな影響を与えました。

1.2. エリアス・ホランドの「職業パーソナリティ理論」

1960年代には、エリアス・ホランド(John L. Holland)が「職業パーソナリティ理論」を提唱しました。ホランドは、職業選択が個人のパーソナリティと一致することが重要であると考えました。彼の理論は、以下の6つのパーソナリティタイプに基づいています。

  1. リアリスティック(Realistic):実際的で手先が器用な人向けの職業(例:エンジニア、技術者)。

  2. インベスティゲーティブ(Investigative):分析的で科学的な探究心を持つ人向けの職業(例:科学者、研究者)。

  3. アーティスティック(Artistic):創造的で芸術的な能力を持つ人向けの職業(例:アーティスト、作家)。

  4. ソーシャル(Social):他者と協力し、支援することを好む人向けの職業(例:教師、カウンセラー)。

  5. エンタープライジング(Enterprising):リーダーシップを発揮し、影響力を持つことを好む人向けの職業(例:経営者、営業職)。

  6. コンベンショナル(Conventional):組織的でデータを扱うことを好む人向けの職業(例:事務職、会計士)。

ホランドの理論は、職業興味検査の基盤として広く利用され、個人の職業適性を評価するための重要なツールとなりました。

2. 発達理論

2.1. ドナルド・スーパーの「キャリア発達理論」

ドナルド・スーパー(Donald Super)は、キャリアが生涯にわたって発達するプロセスであると考え、「キャリア発達理論」を提唱しました。スーパーの理論は、以下の5つのライフステージに基づいています。

  1. 成長(Growth):幼少期から青年期にかけて、自己概念が形成される段階。

  2. 探索(Exploration):青年期から成人初期にかけて、職業選択や試行錯誤が行われる段階。

  3. 確立(Establishment):成人期において、キャリアの確立と安定が求められる段階。

  4. 維持(Maintenance):中年期において、キャリアの維持と向上が求められる段階。

  5. 解放(Disengagement):晩年期において、キャリアからの退職や新たな役割への移行が行われる段階。

スーパーは、自己概念の発達がキャリア選択に重要な影響を与えると考えました。彼の理論は、ライフスパンにわたるキャリアカウンセリングの重要性を強調し、多くのキャリアカウンセラーや研究者に影響を与えました。

2.2. エリック・エリクソンの「ライフサイクル理論」

エリック・エリクソン(Erik Erikson)の「ライフサイクル理論」は、キャリア発達においても重要な位置を占めます。エリクソンは、人生を8つの発達段階に分け、それぞれの段階で特有の心理社会的課題が存在するとしました。

  1. 乳児期(Trust vs. Mistrust):信頼対不信の課題。

  2. 幼児期初期(Autonomy vs. Shame and Doubt):自律性対恥と疑念の課題。

  3. 遊戯期(Initiative vs. Guilt):積極性対罪悪感の課題。

  4. 学童期(Industry vs. Inferiority):勤勉性対劣等感の課題。

  5. 青年期(Identity vs. Role Confusion):アイデンティティ対役割混乱の課題。

  6. 若成人期(Intimacy vs. Isolation):親密性対孤立の課題。

  7. 中年期(Generativity vs. Stagnation):生成性対停滞の課題。

  8. 老年期(Integrity vs. Despair):統合性対絶望の課題。

特に、青年期のアイデンティティと若成人期の親密性、中年期の生成性と停滞の課題がキャリア発達に深く関与しています。エリクソンの理論は、キャリアカウンセリングにおいて個人の発達段階を考慮する重要性を示しています。

3. 社会学的アプローチ

3.1. ピーター・ブルーの「社会的学習理論」

ピーター・ブルー(John Krumboltz)は、キャリア選択が社会的要因によって大きく影響されるとする「社会的学習理論」を提唱しました。ブルーは、個人が環境から学び取る情報や経験、ロールモデルの影響を受けてキャリア選択を行うと考えました。彼の理論は、以下の4つの主要な要素に基づいています。

  1. 遺伝的特性や特質:個人の生物学的な特性や才能。

  2. 環境的状況と出来事:個人が経験する外部の状況や出来事。

  3. 学習経験:個人が過去に経験した学習や教育の内容。

  4. タスクアプローチスキル:個人が特定の課題や問題に取り組む際のスキルや態度。

ブルーの理論は、キャリア選択が単に個人的な特性や適性だけでなく、社会的な影響も重要であることを示しており、キャリアカウンセリングの実践において社会的要因を考慮する必要性を強調しています。

3.2. アン・ローの「ニーズ理論」

アン・ロー(Anne Roe)の「ニーズ理論」は、キャリア選択が個人の心理的なニーズによって影響されるとするアプローチです。ローは、幼少期の経験や親の養育スタイルが成人期の職業選択に影響を与えると考えました。彼女は、職業を以下の8つの基本的なニーズカテゴリーに分類しました。

  1. 心理的なニーズ:愛情や承認の欲求。

  2. 生理的なニーズ:安全や安定の欲求。

  3. 所属のニーズ:社会的なつながりや帰属の欲求。

  4. 承認のニーズ:尊敬や評価の欲求。

  5. 自己実現のニーズ:個人の潜在能力を発揮する欲求。

ローの理論は、キャリアカウンセリングにおいて個人の心理的背景を理解し、そのニーズに基づいて職業選択を支援する重要性を強調しています。

4. コンテクスト的アプローチ

4.1. ナンシー・シュロスバーグの「コンテクスト理論」

ナンシー・シュロスバーグ(Nancy Schlossberg)は、キャリア発達を個人と環境の相互作用の文脈で捉える「コンテクスト理論」を提唱しました。彼女の理論では、個人のキャリア選択や発達は、社会的、経済的、文化的なコンテクストによって影響されるとされます。シュワルツは、キャリア移行における個人の経験や支援システムの重要性を強調し、以下の要素に焦点を当てました。

  1. 移行の種類:期待される移行、予期しない移行、自発的な移行など。

  2. 移行の影響:個人のライフスタイル、関係性、感情に対する影響。

  3. 移行の資源:個人が移行を乗り越えるために利用できる資源やサポート。

シュロスバーグの理論は、キャリア移行における個人の経験を包括的に理解し、支援するための枠組みを提供しています。

4.2. リンダ・ゴットフレッドソンの「限界と妥協理論」

リンダ・ゴットフレッドソン(Linda Gottfredson)は、キャリア選択が「限界と妥協」の過程で行われると主張しました。彼女は、個人が社会的なステレオタイプや個人的な制約に基づいて職業選択の範囲を狭め、現実的な選択を行うと考えました。ゴットフレッドソンの理論は、以下の4つの主要な段階に基づいています。

  1. 限界設定:性別や社会的地位に基づいて職業選択の範囲を設定する段階。

  2. 妥協:現実的な制約を考慮して職業選択を修正する段階。

  3. 探索:自分の興味や能力に基づいて職業選択を具体化する段階。

  4. 確立:選択した職業においてキャリアを確立する段階。

ゴットフレッドソンの理論は、キャリア選択における現実的な制約とその影響を強調し、個人が職業選択においてどのように妥協を行うかを理解するための枠組みを提供しています。

5. 新しいアプローチ

5.1. マーク・サビカスの「キャリア構築理論」

21世紀に入ると、マーク・サビカス(Mark Savickas)が「キャリア構築理論」を発展させました。サビカスは、キャリアを自己構築のプロセスと捉え、個人が自己の物語を通じてキャリアを構築することを強調しました。彼のアプローチは、ナラティブセラピーや構築主義的カウンセリングに基づいており、個人の経験やストーリーを重視します。サビカスの理論は、以下の4つの主要な要素に基づいています。

  1. 自己概念の構築:個人が自己のアイデンティティを形成するプロセス。

  2. 職業の物語:個人が職業に関連する経験を語る物語。

  3. ライフテーマ:個人の人生における主要なテーマや価値観。

  4. 職業適応:個人が職業環境に適応し、自己を実現するプロセス。

サビカスの理論は、キャリアカウンセリングにおいて個人の物語を重視し、クライアントが自己の経験を通じてキャリアを再構築する支援を行います。

5.2. ヘルムート・モーザーの「キャリアアダプタビリティ理論」

ヘルムート・モーザー(Helmut Moser)は、キャリアにおける柔軟性と適応能力を重視する「キャリアアダプタビリティ理論」を提唱しました。モーザーの理論では、キャリアアダプタビリティは、以下の4つの主要なコンポーネントから構成されます。

  1. 好奇心:新しい経験や情報に対する関心。

  2. 関与:キャリアに対する積極的な参加意欲。

  3. コントロール:キャリアに対する自己管理能力。

  4. 信念:キャリアに対する肯定的な態度や期待。

モーザーの理論は、急速に変化する労働市場や職業環境に対する個人の適応力を強調し、キャリアカウンセリングにおいて柔軟性と適応力を高めるための支援を行います。

6. プロティアンキャリア論

プロティアンキャリア論は、1970年代にダグラス・ホール(Douglas T. Hall)によって提唱されました。この理論は、変化し続ける労働市場や組織環境に対応するために、個人が柔軟にキャリアを構築していく能力を重視します。

6.1. プロティアンキャリアの特徴

プロティアンキャリアは、以下のような特徴を持ちます。

  1. 自己主導性:キャリアは個人によって管理され、組織や外部環境に依存しません。個人は自己の目標や価値観に基づいてキャリアを形成します。

  2. 柔軟性:変化に対する適応力が重要視され、キャリアパスは固定されずに変化します。個人は状況に応じて柔軟に対応し、新しい機会を積極的に探求します。

  3. 価値観中心:個人の価値観やライフスタイルがキャリア選択の中心となります。成功の定義は外部の基準(給与や地位)から内部の基準(自己満足や成長)へとシフトします。

6.2. プロティアンキャリア論の影響と応用

プロティアンキャリア論は、現代のキャリアカウンセリングやキャリアプランニングに大きな影響を与えました。特に、リーダーシップ開発や人材育成の分野で、自己主導的なキャリア開発プログラムが導入されるようになりました。また、個人が自分のキャリアをより積極的に管理し、変化に対応する能力を高めるための教育やトレーニングが重視されています。

ホールは、キャリア成功の新しい定義を提唱し、個人が自己の価値観や目標に基づいてキャリアを評価することの重要性を強調しました。このアプローチは、従来のキャリア成功の概念を刷新し、個人が自己実現を追求するための柔軟なキャリアパスを支持します。

6.3. 実践への適用

プロティアンキャリア論は、キャリアカウンセリングの実践においても応用されています。キャリアカウンセラーは、クライアントが自己主導的にキャリアを構築する支援を行い、個人の価値観や目標に基づいたキャリアプランニングを支援します。また、プロティアンキャリアの概念は、組織内のキャリア開発プログラムやリーダーシップトレーニングにも応用され、従業員の柔軟性と適応力を高めるための取り組みが行われています。

結論

キャリア論の理論的系譜は、初期の職業適性理論から発展し、発達理論、社会学的アプローチ、コンテクスト的アプローチ、新しいアプローチを経て、プロティアンキャリア論に至ります。それぞれの理論は、異なる視点からキャリアを理解し、個人のキャリア選択や発達に影響を与えています。

プロティアンキャリア論は、変化し続ける現代の労働市場において、個人が自己主導的に柔軟にキャリアを構築するための重要な理論となっています。キャリアカウンセリングやキャリアプランニングの実践において、プロティアンキャリアの概念を取り入れることで、個人が自己の価値観や目標に基づいてキャリアを築く支援が行われています。

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