家族に対する規範なぞ、もう知らんわ
おはようございます!
ケミオです。
今の課題は、現実を、自分の素直な心で見て捉えること。
そのためには、自分を徹底的に認め受け入れることが必要だと考えています。
これを頭で理解する限りは、何も難しくはありません。
しかし相当な年月で当たり前になってしまった、自己否定を基とする無意識の習性は、理解するだけで変わるものではないことも実感しています。
一方で、今実家にいることは、その阻害要因のように考えていました。
当初やむを得ないことと考えての結果でしたが、もう10ヵ月ほどになります。
もちろん、機能不全家族は機能不全家族のままだからでしょう。
私の場合に問題である母からの妨害は、あらゆる場面で降ってきます。
もちろん、それを不快に思うことは多いです。
そればかりだと言ってもいいかもしれません。
しかしここまで来て、課題と必要なことが明確になったら、です。
このまま突き抜けるより、ほかはない。
そんなふうにも思います。
話が堂々巡りのようで申し訳ありませんが、実家にいる以上、最初からそのつもりだったと言えばそのつもりでしたが。
実家にいることのメリットも、一つだけあると思っています。
自分をアダルトチルドレンにしてしまったそもそもの原因を、今現実に見られることです。
自分に対する気づきや、課題が見つかるにしたがって。
家族の問題=私をアダルトチルドレンにした原因に、違和感を感じるようになります。
「え?なんでそうなるの?」みたいなところから。
それを感じた段階で直ちには、何が問題なのかわかりません。
しかし、違和感に照らして過去を中心に思索をめぐらしていくと。
きちんとした問題に突き当たることが、ほとんどです。
違和感は、親の何気ない一言に感じることもあります。
私に対する直接の言動であるかは、関係がありません。
昨日は、たった今行われている高校野球についての、母の一言がそれにあたりました。
細かくは省略しますが、「応援してくれる人のことや、これまで頑張ってきたことを考える選手なら、まずそんなことは考えないだろう」と思った違和感でした。
そこに見たのは、野球を知っているとか知らないではなく、想像力と思いやりの問題です。
そして、そんな母に対する私の態度。
これはもう、客観的に見ればひどいものだと思います。
普通は取らないひどい態度を取ることは、それだけ意識しているということもできます。
でもそれは、もうやむを得ないと考えるしかない。
そんな態度を取らざるを得ないほど、心底嫌いなことも含めた自分を認めるしかないとも、思うところです。
これまでは、そこがまだあいまいだったと思います。
理想的な家族像だったり、自分も大人げないかもしれない、みたいな規範意識が、横やりとして刺さってくるからかもしれません。
しかし、そこを突き抜けるなら突き抜けた上で、自分を徹底的に認め受け入れられるかが今、試されているように思います。
「家族に対する規範なぞ、もう知らんわ」的なところで。
読んでいただいてありがとうございます!
今日も良い一日をお過ごしください!