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雪の舟
山口市と縁ができ、かれこれ15年ほどになります。最初は全く縁もゆかりもない土地でした。それまでの唯一の接点としては、そのご縁ができた約15年前、私が生まれ育った名古屋市の高校の修学旅行でした。秋吉台のカルスト台地や鍾乳洞、萩市の明治維新の歴史などを見たり、広島の原爆に関する歴史を見て回った修学旅行でした。なんとなくどのあたりを見て回ったかなどは覚えていますが、何をしても楽しく過ごしていた日々を思い返します。
さて、そんな山口県や山口市に移住者としてそれなりの歳月を過ごしていく中で、いろいろな見聞が広がりました。アーティストとして、またアートの企画やマネージメントに関わる中で、独自の視線を育てつつ、時期や文脈に合わせて、色々見てきました。最初はあまり興味を持ってみていませんでしたが、山口市には雪舟の庭や雪舟のゆかりの地や作品がいくつか残っています。
たぶん、多くの人は小学校か中学校くらいで「雪舟」という感じを見た覚えがあると思います。「雪」と「舟」という漢字で、小学校中〜高学年くらいで覚える感じかと思います。なので、比較的、親しみやすく、かつ、覚えやすい名前だと思います。
雪舟は水墨画家で、作品の多くが国宝や重要文化財になっています。詳しくはインターネットで検索していただければ、幸いです。
さて、その雪舟に目が向き始めたのは、たぶん7~8年前のことだと思います。山口市で現代美術を研究する団体に所属し、ご縁ができたスコットランドのアーティストであるアラン・ジョンストン氏との会話や彼と山口のご縁みたいなものを聞いて、このアランさんの作品やインスピレーションとなっている雪舟の存在と作品、当時の時代背景などに少しずつ興味を持ち始めました。
山口市にはこの雪舟の工房のレプリカが再現されていたり、雪舟が作ったとされる代表的な雪舟庭があります。防府市に行けば、毛利博物館で年に一度「四季山水図」が公開展示されたりもしています。また、山口市内には雪舟が描いた絵馬や制作した庭も大小いくつかあります。
そんな最高傑作の数々に至る経緯を、自分なりのアーティスト視線で想像して辿っていた数年前のある日。綺麗な雪が降りました。この連休には山口市でも雪が降りましたが、その雪が今回のnoteを書くきっかけになっています。
さて、冒頭でもお伝えしましたが、雪舟は15世紀頃の仏僧で水墨画家として有名です。多くの人が山口市の事に関心がないかもしれませんが、よ〜く見ていくと、日本の歴史の各時代でかなり影響力のある地域です。というのも山口市のある地域は本州の一番西側で、まだ15世紀頃は飛行機はなく、船で貿易をしていましたので、立地的に朝鮮半島や中国大陸へ向かうには好条件の場所にありました。そういくこともあり、京都の次に人口が多くとても栄えていたとの話です。そんな当時の山口市で雪舟は大内氏という大名の庇護を受けていました。
そんな立地や大内氏の庇護のもと、遣明船に乗って中国に行き、日本語と中国語の通訳をし、また当時の最先端の美術技法などを学び、日本に持ち帰ってきたとの話です。この話を聞いて、なんとなく文化庁による「新進芸術家の海外研修」の先駆けにも見えます。
さて、そんな雪舟は多くの水墨画を手掛けてきました。白い紙と黒い墨で描き出される理想的な風景画など。そして、その先には庭をデザインし後世に残るものを残してきました。雪舟の全ての作品が白黒だけで制作されているわけではないですが、平面に描かれた理想的な風景。そして、枯山水で表現された風景や世界観を外から眺めるようにデザインされたお庭。最初はなぜ水墨画家が庭のデザインを手がけたのか考えが至りませんでしたが、ある日雪が降り、直感的に近くの雪舟庭に行き、その庭を見て分かった気がしたことがあります。
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「これが雪舟が見せたかった最高傑作だ!」と直感的に思いました。
これまで水墨画で描いていた理想郷のような風景画を現実世界で見せたかったのではないかと思いました。雪の白とその下に潜む石や植物やその影が黒として、幻想的な世界が目の前に広がっていました。雪の降る様子は水墨画では表現できない時間の流れを、そして、その寒さで空気も張り詰め、非日常を演出していたとも思います。非日常の幻想的な理想郷の世界が目の前に現実として広がっていました。先ほど時間の流れと言いましたが、実際に目の当たりにすると時間の感覚もなくなります。
ここは臨済宗のお寺で禅寺。私も臨済宗のお寺とご縁があり、小さい頃から仏教の教えにはなんとなく通ずる気がしていきてきました。なので、そんな禅仏教の世界観とか宇宙観ってこんな感じかなと心地よい体験ができました。
そして、ずっと「雪舟」の名前が気になっていたのですが、その名前自体にはこの目の前に広がる宇宙観につながるヒントが隠されていたんだと勝手に納得してしまいました。
よく海外のアーティストをこの雪舟庭にお連れして、色々と説明したり、対話するのですが、「雪舟」=「雪の舟」。よ〜く考えると実在できないものですよね。雪で舟ができたとしても、水の上でその形は維持できず、存在すると同時に消えていくような儚い存在。この目の前に広がる白と黒の世界と同じだと思いました。そして、自分たちの存在もそんな儚い存在だと諭してくれた気がします。
一度は見ていただけると本当に良いと思います。山口市で雪が綺麗に降り積もる日はそんなに多くありませんが、そんな日に巡り合うことがあれば、ぜひ雪舟庭に伺ってみてください。
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