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「ポンコツ一家」 笑いと涙の介護エッセイ

これは、2007年女王様キャラでブレイクした芸人、にしおかすみこさんの家族の物語。

母、80才認知症
姉、47才ダウン症
父、81才酔っ払い
にしおかすみこ、45才、元SM一発屋女芸人


時は2020年。
コロナが始まり仕事がゼロになってしまったすみこさん。
家賃の安いところへ引っ越すことに決め全て荷造りを終えた時、ふと実家でご飯でも頂こうかと、10数年ぶりに千葉の実家を訪ねます。

昼の11時、外は明るいのにカーテンが閉め切られたままの居間。
食べた後、そのまま放置されているカップ麺や缶詰。
腐ったミカンやバナナの皮。
雨雲のようにふわふわと埃が積もるカーペット。

ちょっとしたゴミ屋敷の中に、埋もれるように母がいました。


「どうしたの?」ときくと、
「別に、何もしたくないだけだよ。」
とのこと。

「とりあえず掃除しよう。」
「カーペット取り替えよう。」
そう提案すると、
「余計なことするんじゃないよ! 偉そうに! 何様なんだよー! ぅぁああああ!!」
と奇声を発する母。

ケンカになると、
「上等じゃねぇか! 頭かち割って死んでやるー!」
と怒りまかせに階段を踏み鳴らし、2階に上がって行く。
どうなることかと思い心配で見に行くと、布団で寝ていた。

急な噴火と鎮火で、訳が分からない。
こんな怒り方をする母ではなかった。

「私が何とかしなくては」

そう思ったすみこさんは、借りようと思っていた部屋の契約をやめて実家に帰り、家族と共に暮らすことに決めました。



すみこさんの知らない間に、お母さんは認知症になっていました。

どんどん記憶をなくしていく母。
まともに考えることが出来なくなり、何度説明してもすぐに忘れ、会話にならない。
勝手な妄想で家族を心配し、困らせる。


母は、昔から火のないところに煙を起こす天才だった。
認知症になってからは無敵だ。
ある朝突然、娘が変な宗教にはまっていると言い出す。麻薬もやっていると。

「ママにも覚悟があるから出しなさい! 薬と注射器! 親だけど、親だから、あんたを今から警察に突き出すから。」
言い放った母の唇がワナワナと小刻みに震えている。

腕に絆創膏を貼っていたことと、ヨガをしていたことがきっかけで、こんな妄想に発展してしまったらしい。
麻薬常用者で注射の跡を絆創膏で隠して部屋にこもり、宗教(ヨガ)に専念していると思ってしまった。

「ちょっと起きなさい!」と説教され、朝7時半に起こされたすみこさん。

想像を超える母の妄想に笑ってしまい、振り回されるすみこさんに同情し、娘のことを心配する親心にせつなくなる。


にしおか家は、母も父も姉もすみこさんも、みんな激しい。
思ったことは我慢せず、何でもかんでも言ってしまう。
言い合いになってどんどんエスカレートしていくこともしばしば。

驚くようなひどい言葉が飛び交っているのに、何故か不快な気持ちにならない。
それどころか、だんだん面白くなっていく。
これが家族のだいご味だと思ってしまう。

それはきっと、憎しみではなく、ちゃんと心が繋がっているから。
どんなに激しいセリフでも、すみこさんの文章が温かい物語に変えている。


この本には、たくさんの感情が入り混じり、なんともいえない気持ちになるエピソードがたくさん紹介されている。

記憶をなくすばかりではなく、ある日突然、昔の出来事を今起きたことのように鮮明に思い出すお母さん。
ダウン症のお姉ちゃんのことばかり心配し、すみこさんが二の次になっている時がとても悲しい。
認知症になると、その人がかつてどんな場面を強烈に心に焼き付けていたかも知ることになる。


認知症の母が一番やっかいだが、母がいないとダメなくせに毎日ケンカばかりして母を怒らせ、飲んでばかりいる父と、なかなかお風呂に入らない姉も手ごわく、4人の日常はカオスです。
まさにポンコツ一家。
それなのに、なぜかほんの少しせつなくて、愛おしい家族の物語です。


つらい環境におかれると、笑顔が消え愚痴ばかりになってしまいがちです。
違う人が書けば、苦しいだけの物語になったかもしれません。
でも、すみこさんはそれをネタにし、笑いに変え生きています。
そのポジティブさが、この本をとても素敵なものにしています。


芸人は、どんな出来事も面白くしてしまう天才です。
面白く表現できてしまうので、本当はとても深刻なはずの暮らしが、笑いあり涙ありの温かい家族の物語として読めてしまいます。
小学6年生の娘も面白かったと言って、一日で読んでしまいました。

これはとてもすごいことです。
認知症の親と暮らす日々は聞くだけでもしんどくなりますが、すみこさんが楽しい物語として聞かせて下さるので、くすっと笑いながら認知症を学ぶことが出来ます。

芸人さんのリアルな家族の物語。

秋の夜長におすすめの一冊です。



西淑さんの装画、鈴木久美さんの装丁は、この本の素敵さをとてもよく表現されています。

一人一人をマトリョーシカに見立てて可愛らしく描いており、家族の温かさが伝わってきます。
にしおかすみこさんを描いたSMコスチュームのマトリョーシカが最高。
部屋に飾りたくなる本です。

続編も出ています。



最後に、良くも悪くも、胸にグッときた母の言葉をいくつか紹介して終わりにします。


「あー! 行ってやらぁ! どこにでも連れて行って煮るなり焼くなり好きにしたらいいさぁ! 出るとこ出て腹かっさばいて散ってやらぁ!」


「ママ忘れちゃうから、あんたの頭の引き出し貸して、そこに大事な話全部入れといて。」

「どっちか一人しか助けられないなら、ママの両手はお姉ちゃんだから!
あんたに片手も貸してあげられない時があるの。それがお姉ちゃんなの。それがママなの。
わかる?」


「よくもやったな! ゴミじゃない! まだ使える! なんでもかんでも捨てやがって。
そのうち親も姥捨山に捨てる気だろう!」

「玄関の花、貰ったって言うけど買ってるんでしょ。
人生で生まれて初めて働いた最初のバイト代だろう。
本屋は安いでしょ。自分のことに使いなさい。」

「すみちゃんはひどいねぇ。ママがいなくなったら施設に送る気だよ。
一生風呂に入らなくても、パパクソが何もしてくれなくても、家がいいねぇ…
…心配しなくても、ママが死ぬときはお姉ちゃんも連れて行くさ。」

「ママ、あんたの誕生日いつ忘れるかわからないから。
そしたらお姉ちゃんが覚えてるって。
でもカレンダー見て、今月で終わるから、すみの誕生日ないって。」



たくさんの悲しいと、せつなさ。

つっこみどころ満載な妄想と、ほろっとくる話。

びっくりするような出来事が次々と起こる、愛すべき家族の日常を綴ったエッセイです。




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